「に、二十五点……」

 氏名欄の隣に記された真っ赤な文字を読み上げたわたしは、その点数をまだ信じられないでいた。何度見ても変わらぬ数字のせいで、答案用紙を握る手がぶるぶると小刻みに震えている。

 隣の席に座る伏黒くんが、嘆息混じりの呆れ返った声を放つ。

「お前より夜蛾学長のほうがショック受けてんぞ」
「復習も兼ねた基礎的な問題ばかりだったんだが……」

 呪術史の授業を担当する夜蛾学長が目もあてられないといった様子で、項垂れながら自らの額を無骨な手で覆い隠している。自分がとんでもない点数を取ってしまったらしいことを改めて痛感した。

 この呪術高専では、呪術についてのありとあらゆることを学ぶ。

 呪術師でもある教師陣の指導のもと、生まれながらに使用できる呪術“生得術式”に磨きをかけつつ、身体能力の向上や戦術の創意工夫を図る――という実技の授業が中心だ。とはいえ生得術式は千差万別、それに加えて他人においそれと真似できるものでもないため、生徒自らが特訓のカリキュラムを組んで自主練に励むことがほとんどである。

 この実技の時間に“実践訓練”と称して呪霊祓除に駆り出される生徒も多い。二年生の先輩たちはみんなそうだ。頻繁に呪術高専を留守にしている。その理由についてはパンダ先輩が、「術師は万年人手不足だろ?生徒もこき使うんだ。薄給で」とわたしもいずれ直面するかもしれない厳しい現実を教えてくれた。

 もちろん実技だけではなく、座学も行われる。術式を使用しない結界術や呪文を用いた呪符といった呪術のことや、術師が祓うべき相手である呪霊の生態についても詳しく学んでいく。自分の身を自分で守るために。

 呪術における歴史を学ぶ“呪術史”の授業で、先週行われた小テスト。全二十問、一問五点。四月から六月現在に至るまでの授業内容から、術師として必ず覚えておくべき基本的な問題ばかりが出題された――はずだったのだけれど。

 わたしは赤い文字からそっと視線を持ち上げた。

「あの……二十五点って、やっぱり」
「無論赤点だ」

 言葉を遮った夜蛾学長の、地鳴りにも似た低い声に肩を落とす。「未だかつてここまで低い点数を取った生徒はいなかった」と呻くような声を付け足されたものだから、わたしはなんだか申し訳ない気持ちになった。

 別に立派な呪術師になりたいわけではないしなぁと言い訳じみたことを内心思ったものの、夜蛾学長の相当な落ち込み具合にますます良心が痛んだ。もう少し真面目に勉強するべきだったかもしれない。

 ひとり涼しい顔をした優等生が、わたしの昨日の発言を持ち出した。

「勉強するって言ってただろ」
「だって月9すっかり忘れてて……」
「月9?」
「詐欺師が悪い金持ちから大金を騙し取るドラマだよ。CM見たことない?」
「ああ、あれか。主題歌が妙に耳に残るやつ」
「そうそう!あの曲大好き!聴くだけで楽しくなる曲だよね。手拍子したくなる」

 声を弾ませたわたしの鼓膜を低い咳払いが叩いた。途端に全身を強張らせ、おそるおそる教卓へと視線を向ければ、

、二十五点の事実をもっと深刻に受け止めてくれないか」
「……すみません」

 身を縮こませたそのとき、隣から息が漏れる音がした。見れば、頬杖をついた伏黒くんが逃げるようにこちらから視線を外したところだった。長い前髪のせいで表情がはっきりわからない。

 まさかとは思うけれど、今わたしを笑ったのだろうか。こ、こいつ……。

 そうやって人を馬鹿にするからには、さぞや素晴らしい点数を取ったことだろう。わたしは身を乗り出すように問いかけた。

「そういう伏黒くんは?」
「九十五点」
「嘘?!一問だけ?!」
「ああ」

 素っ気なく答えた伏黒くんが、指で摘まんだ答案用紙をこちらに向ける。氏名欄に続く四角い点数欄には、九十五点の文字がはっきりと刻まれていた。「が勉強しないからだろ」と付け加えられた言葉に項垂れた。全くもってその通りだ。

 あと僅かのところで満点を逃した伏黒くんは、逆に一体何を間違えたのだろう。ちょっとだけ興味が湧いた。

「じゃあ何を間違えたの?もしかして漢字を書き間違えたとか?」
「違う。一問だけあっただろ。どう考えても基本とは思えねぇやつが」

 言うと、彼はどこか諦めたような視線を夜蛾学長に投げた。

「“安倍晴明が復興したとされる神法の神であり、眷属として抱卦童子・持卦童子を従え、上杉謙信などの武家からも信仰された神は?”……これ、どう考えても満点阻止問題ですよね?」
「ああ。そのはずだったんだがな……」
「……まさか」

 ふたりの視線がこちらに向く。信じられないものを見るような目に数秒戸惑いを覚えたものの、わたしは口元に笑みを浮かべながら歌うように言った。

「その神様は鎮宅霊符神だよ。宇宙に初めて生まれたとされる神様のひとりで、天之御中主神とも言います。仏様としては妙見菩薩、もしくは尊星王。北極星を神格化した仏様なんだって」
「神と仏、その両方の名を書いていた。完璧だ」

 まさか夜蛾学長に褒められるとは思ってもみなかった。頬があっという間にだらしなく緩む。照れ臭さに視線を落としていると、伏黒くんがどこか鋭利な声音を寄越した。

「二十五点のくせになんでそんなこと知ってんだよ」
「だって蘆屋道満のライバル安倍晴明だからね」

 およそ二週間前に初めて知った平安時代の呪詛師“蘆屋道満”の名を口にしながら、わたしは彼に笑顔を向ける。

「遊園地で伏黒くんに言われて、その日のうちに教科書と図録を読み込んだの。だからこの答えがわかったのは、間違いなく伏黒くんのおかげだよ。ありがとう」
「……別に何もしてねぇよ」

 すげなく告げて顎先を逸らすと、彼は答案用紙を怜悧な目でなぞった。

「だったらその蘆屋道満は?設問七の答えは蘆屋道満だ。もちろん正解したんだろうな?」
「えーっと……それは……」

 刺すような質問にもごもごと言い淀んだ次の瞬間、「あぁっ」とひどく情けない声が開いた口から転がり落ちた。隣から突然伸びてきた骨張った手に、答案用紙を掠め取られたのだ。

 油断した自らを責めたときには、伏黒くんは二十五点の答案用紙を厳しい表情で見つめていた。

「なんで中途半端に平仮名なんだ」
「漢字が思い出せなくて……」
「だから簡単なほうの“芦”を消したのか……けどこっちでも正解ですよね?」

 言葉の矛先がわたしから夜蛾学長へ移動する。確認するように問われた夜蛾学長は、深く頷いて肯定を示した。

「その通りだ。どちらでも構わないことになっている」
「まぁたとえ正解だったとしても三十点。赤点回避は無理だろ」
「ぐっ、無念……」
「急に武士になるな」

 顔を覆ったわたしに呆れた響きを寄越すと、彼は凪いだ瞳で淡々と続ける。

「それにしたって設問十三は明らかにサービス問題だったろ。“現代にも深い爪痕を残す、呪いの王と呼ばれている人物は?”……これはどの教材だろうと必ず出てくる名前だ。術師にとっちゃ常識ってことなんだよ」
「常識じゃないからね」

 駄々をこねる子どもを窘めるようにぴしゃりと言い放てば、「いや常識だ」と夜蛾学長の力強い援護射撃に遭う。わたしは不満に眉根を寄せた。

 自分で言うのもなんだけれど、わたしはこの四月まで呪術とは全く無縁だったド素人だし、術師としての強さを表す等級は一番下の“四級”だ。その上「は弱いんだからまずは筋トレね」という悟くんの指示により、術式の“じ”の文字にも触れていない。触れているのはわたしの腹と机の間に挟まっている夜蛾学長お手製の安眠枕もとい、このバクのぬいぐるみくらいのものだ。呪術師らしい特訓は何ひとつしていない。

 天才だなんだと持てはやされる“二級”の伏黒くんとは違うのだから、もっと大目に見てほしい。

 そうは思ったものの、言われっ放しはちょっと悔しい。そんなに言うならきっと覚えているはずだと記憶を片っ端からひっくり返し、やがて雷にでも撃たれたかのようにはっと閃いた。わたしは勢いよく手を打つと、高らかに叫んだ。

「あ、わかった!井上内親王だ!」
「得意げな顔してるところ悪いが堂々の不正解だ。二十五点のくせになんでその名前は知ってんだよ、お前の記憶力偏りすぎだろ」
「じゃあ誰なの?」
「両面宿儺だ」

 伏黒くんの代わりに答えてみせたのは、鬼のような形相の夜蛾学長だった。黒いサングラスがひどく不気味な光を帯びている。驚いたわたしが肩を大きく震わせれば、夜蛾学長は口をへの字に曲げて唸るように続けた。

「両面宿儺だと何度も教えただろう。あれほどテストに出すと言ったのに……」
「コイツ最近まで授業中はずっと寝てましたからね」
「そうだったな……」

 今やっと思い出したかのように呟く声が聞こえて、わたしはバクのぬいぐるみの頭を人差し指でつついた。夜蛾学長の言葉を全く覚えていないのも無理はない。ひょうきんな顔をしたこの呪骸のせいで、座学の時間は呪術史も含めてずっと夢の中だったのだから。

 最初から最後まで一睡もせず授業を受けられるようになったのはここ最近、つまり六月に入ってからのことだ。それでも少し気を抜けば、一瞬で眠りの世界へ真っ逆さまなのだけれど。

 安眠効果抜群としか言いようがないこの呪骸を持つように指示したのは悟くんではあるものの、これを作ったのは他でもない夜蛾学長だ。だからこの二十五点はわたしだけの責任ではなく――

が夜蛾学長のせいだって言ってます」
「い、言ってないよ!」
「そんな顔してたけどな」
「嘘っ?!」

 反射的に両手で頬を覆うと、伏黒くんが鼻先を逸らして小さく肩を揺らした。唖然とする。どうやら笑みを堪えているらしい。

 わたしはそこでようやく自分が引っ掛けられたことに気づいた。こ、こいつ……!

 すぐ前方から「なんだと」と恐ろしい地響きが聞こえる。猛獣を前にした小動物のようにかぶりを振りながら、わたしは懸命に話題を逸らした。

「あ、あの、両面宿儺って?」

 助け舟を求めるように隣に問えば、意外とすんなり応じた伏黒くんが滑らかに答えを紡いだ。

「呪いの王“両面宿儺”は腕を四本、顔を二つ持つ仮想の鬼神だ。つっても、千年以上前に実在した人間だがな」
「えっ、すごいね。もうそれ人間じゃないね。宇宙人?」
「だから呪いの王だって言ってんだろ。そんなんだから二十五点しか取れねぇんだよ」
「そんなに何度も二十五点って言わなくても!取りたくて取ったんじゃないから!」
「だろうな」
「ま、また笑った……」

 わたしは頬を引きつらせる。失笑されても仕方ないような赤点を取ったことは認めるけれど、さすがにそこまで人を笑いものにする必要もあるまい。

 顔を背けた意地悪な伏黒くんを睨み続けるわたしを宥めるためか、夜蛾学長が冷静な声で説明を付け加えた。

「呪術が最も栄えていた時代、人類の脅威と化した両面宿儺に挑んだ術師はことごとく敗れた。宿儺が呪術界――いやこの世界に与えた影響は計り知れず、その死後も宿儺の名を冠した呪物ひとつ消し去ることも叶わなかった。中でも宿儺の力を切り分けて封じ込めた二十本の指は、今も日に日に呪いが強まり、数多の呪いを呼び寄せている。死後千年以上経った現代まで尾を引くほどの、紛うことなき呪いの王というわけだな」
「悟くんでも祓うことができないんですか?」
「そうだな、現状では無理だ。“縛り”のある“呪物”という状態であるが故に、悟であろうと壊すことができん。現にその一部が高専の蔵で厳重に保管されているが、今はそうやって封印し保管するだけで精一杯だ。宿儺の指はただそこに在るだけで有害であり、非常に危険な代物なんだ」

 最強の呪術師である悟くんに祓えないのだから、呪いの王と呼ばれるだけのことはあるのだろう。夜蛾学長の言葉に頷いていると、伏黒くんがふと何かを思い出した様子で切り出した。

「……そういや、さんが借りてた貸し倉庫の近くにもあるらしいな。宿儺の指」
「そうなの?」
「ああ、一昨日伊地知さんが教えてくれた。なんか気になることがあるとかで、貸し倉庫の周辺を徹底的に調べ回ってるらしい」

 お兄ちゃんの処分を告げるメールが届いた翌日、お兄ちゃんに関する全ての調査が打ち切られた。伏黒くん曰く、繁忙期が迫っている中でこれ以上余計な人員を割きたくない上層部の指示だろうということだった。

 術師と補助監督に一斉送信されたあのメールを見ても、誰もわたしの前ではお兄ちゃんのことを悪く言わなかった。きっと何か事情があったのだろうと同情しながらも、しかし調査からはすぐに手を引いた。噂を耳にした職員やパートのみんなは、お兄ちゃんとの思い出話すら口にしなくなっていった。

 遊園地で起きたことは、真希先輩たちには何も言わなかった。鱗の呪いが危険な相手である以上、巻き込むことはできないという判断だった。だから先輩たちの前では諦めたふりをした。

 もう自力で調べるしかないと伏黒くんと意気込んでいた矢先、たったひとり――お兄ちゃんの友人である伊地知さんだけは、わたしに決意の籠った眼差しをくれた。

くんが呪詛師なわけないですよ。私、人を見る目には自信があるんです」

 そう言って、伊地知さんはお兄ちゃんの調査を続行した。忙しい仕事の合間を縫うようにして、今も空いた時間を調査に費やしてくれている。

 改竄される前の戸籍謄本を徹夜してまで探し当てたのは、“あのくんに限ってそんなはずがない”という確信だったのだろう。たとえ黒を示すような証拠が出ようとも、それでも伊地知さんは自分の直感を信じた。その熱意は夜蛾学長や家入先生をも動かし、今では快く手を貸してもらっているという話だった。

「一昨日というと、潔高が今調べているのは一家心中の件だな」
「……一家心中、ですか?」

 わたしの問いかけに夜蛾学長が首肯する。命令に背いて行動する伊地知さんを上層部から守るため、水面下で逐一報告を受けているらしい夜蛾学長は、低い声を潜めながら言った。

「貸し倉庫近くに住む何のトラブルもない普通の家族が、ある日突然思い立ったように練炭自殺を図った。物的証拠から表向きは一家心中として処理されたが、死因は揃ってショック死……つまり実際はあの鱗の呪霊による被害だ。高専が最初に把握した被害と言ってもいい」

 真面目な色を滲ませた白群の瞳を前へ向けて、間髪入れずに伏黒くんが唇を開く。

「それがさんとどう関係するって言うんですか?」
「その一家は祖父母も含めて七人で暮らしていたが、見つかった遺体は六人分。当時中学生だった長男だけが、事件直後から行方不明になっている。その時間、長男が家にいたことを複数の防犯カメラが証明しているにもかかわらず、だ」
「呪いに襲われた人間は死体が見つからないことも多い。けど、あの伊地知さんがそこまで調べるってことは、何か理由があるってことですよね?」

 その言葉に同意するように頷き、夜蛾学長はゆっくりと言葉を継いだ。

「行方不明になっている長男の名前は“刀祢樹”。地元の小さな劇団で子役として活躍していたらしい。幼いながらも役者としての才に恵まれ、東京の芸能事務所から何度も声がかかるほどだったそうだ」
「……さんと同じ名前?」
「そうだ。そのせいか潔高はどうも気にしているようだが、私個人としてはこの長男が“樹”である可能性は低いと考えている」
「どうしてですか?」
「“樹”とは似ても似つかぬ別人だからだ」

 夜蛾学長は芯の通った声音できっぱりと告げると、「彼が刀祢樹だ」と言いながら懐から取り出した自らのスマホを見せてくれた。わたしは思わず目を大きく見開き、伏黒くんは「は?」と驚愕の声をこぼす。長方形の画面に映し出された朗らかな笑顔を何度も確認しながら、わたしは隣の席に座る彼へと視線を移した。

「……伏黒くん?」

 驚くべきことに、“刀祢樹”は伏黒くんにそっくりだった。怜悧な眉にすっと通った高い鼻筋、薄いながらも形のいい唇。鏡に映したような全くの瓜二つというわけではないものの、それでも双子もしくは兄弟と言われても何も違和感がない。特に幅広のくっきりとした二重が特徴的な切れ長の瞳は、伏黒くんのものではないかと疑ってしまうほどよく似ている。

「……他人の空似だろ」
「それにしてはよく似てる……」

 とはいえ、伏黒くんはこんなふうに明るく笑ったりしないけれど。

 スマホを仕舞う夜蛾学長を見つめながら、胸に湧いた戸惑いを払いのけるように両手をきつく握りしめる。そこに残った疑念を抱えたまま、わたしは意を決して申し出た。

「あの……わたしも調べていいですか?」
「……仙台へ行くってことか?」

 片眉を持ち上げた伏黒くんが、やや抑揚に欠けた質問を寄越す。わたしは深く頷いてみせた。

「ずっと行きたいなって思ってたの、その貸し倉庫。何か手がかりがあるんじゃないかって……伊地知さんを信用してないわけじゃなくて、“妹”のわたしだから気づくこともあるかもしれないでしょ?」
「それも一理あるだろう」

 渋みを帯びた重低音が耳を打った。口を開いていたのは伏黒くんではなく夜蛾学長だった。

「都合良くと言うべきか、宿儺の指が保管されている杉沢第三高校に呪いが集まり始めていると“窓”からの連絡も増えてきた。お偉方からは指の封印が弱まっているなら早急に高専で保管するべきだという声も上がっている。そろそろ頃合いかもしれん。宿儺の指の回収ついでに調べてくるか?」
「いいんですか?!」

 肩を持ち上げながら目を輝かせると、黒いサングラス越しの視線が伏黒くんを射抜いた。

「ということだが、伏黒」
「……わかりました。行きます」

 素っ気なく承諾して、彼は先ほどまでと同じように頬杖をついた。白群の冷めた双眸が窓の外をなぞる。優等生である伏黒くんが一緒なら心強いだろう。何も心配することはないはずだ。

「ありがとう」と小声で囁くと、伏黒くんは「そういう約束だろ」と即答した。わたしは無言で頷きながら、とても温かくて柔らかな気持ちが胸を満たしていくのを感じていた。

「悟に伝えておく。詳しい話は追って悟から聞くように」
「はい」

 夜蛾学長の指示に返事をすると、意外にも伏黒くんとぴったり声が重なってしまった。互いに目を見合わせるわたしたちをよそに、夜蛾学長は大きな声を張り上げた。

「脱線はここまでだ。さぁ授業に戻るぞ。今日はが間違えた箇所を中心に授業する。いいか、今日は寝るなよ。明日再テストを行うからそのつもりでしっかり聞くんだ」
「……はーい」
「ちなみに明日の再テストが合格点数に達しない場合、仙台には行かせん。心するように」
「えっ」

 予想だにしない言葉に目を瞬かせる。黒板に白いチョークを走らせ始めた壁のような巨大な背中に向かって、わたしは小さく手を挙げた。

「その合格点数って……何点ですか?」
「八十点だ」
「……同じ問題ですよね?」
「それでは意味がないだろう」

 頭の天辺から鋭利な白刃で真っ二つに両断された気分だった。凍り付いたように硬直したわたしを振り返りながら、夜蛾学長が嘆息混じりに告げる。

「問題は変わるがしっかり勉強しておけば何も難しくないはずだ。どうしても行きたいなら励むことだな」
「……再テストまで一晩しかないんですか?」
「何か問題でも?」

 怒りを込めた瞳でぎろりと睨み付けられ、涙目のわたしは激しく首を左右に振った。拒否権など端から存在していなかった。

 バクのぬいぐるみが潰れるほど前のめりになって、必死でノートを取った。血眼になって集中していたせいだろう、いつもなら襲うはずの猛烈な眠気は微塵もやってこなかった。瞬く間に時は過ぎ、授業の終了と昼休みの開始を告げるチャイムが高らかに鳴り響く。

 ぐったりと肩を落として、込み上げる欠伸を噛み殺しつつ教科書とノートを片付ける。一足早く教室を出ようとする伏黒くんのその背中を、わたしは慌てて呼び止めた。

「伏黒くん、待って」
「なんだ」
「あのね……その……」

 うまく言葉にならず口ごもると、彼の唇からため息が落ちた。催促するような鋭い視線に怯みながらも、わたしは口の中で躊躇うように何度か呟いてから、意を決して顔を持ち上げた。

「勉強、教えてください……」