「まだ寝ないのか」
「ごめんなさい、もうちょっとだけ」

 分厚いクリアブックからゆるりと視線を持ち上げると、こちらを見下ろす恵くんに「……何か飲むか?」と小さく尋ねられた。安っぽいベッドの側面に背中を預けたまま目を瞬けば、彼はどこか気まずそうに後頭部を掻いた。

「麦茶かアイスティーならすぐに用意できるけど」
「じゃあアイスティー飲みたいな。ミルクとお砂糖、いっぱい入れてね」
「……わかった」

 眠気覚ましにもなる紅茶を選択肢に入れたのは、きっと恵くんなりの優しさだろう。飲み物の提案をしたのはわたしへの気遣いというより、彼の手持ち無沙汰を解消するために違いないけれど。黒の背中が狭いキッチンに消えたことを確認するや、わたしは再びクリアブックに目を落とした。

 恵くんにこっぴどく叱られて、もうすぐ一時間が経つ。

 彼は意固地なわたしに至極真っ当な説教を行い、懇々と説得を試み、お兄ちゃんの不名誉を突き付けることで結果的に説破してみせた。そもそもわたしが弁の立つ恵くんに敵うはずがなかったのだ。とはいえ、恵くんと同じベッドで眠ることだけはどうしても譲れなかったのだけれど。

 ――このままじゃさんは“他人に成り代わった呪詛師”のままだ。さんの嘘を受け入れるのか。家族への暴言を赦せるのか。
 ――死んださんがもし本当に誰かを傷つけていたとして、これから誰が一緒に償うんだよ。自分だって言ったの、だろ。

 わたしの弱点を的確に突いた恵くんは、やっぱりさすがだと思った。お兄ちゃんの死を引き合いに出されたら、わたしはもう何も言えなくなってしまう。

 正しく復讐を果たすその瞬間まで、どれほど恰好悪くても這いつくばってでも、この“生”にしがみつかなければならなかった。今のわたしに正しく復讐する力があるとは断言できないからこそ。

 もちろん、だからと言って鱗の呪いへの警戒を解いたわけではないし、絶対に恵くんを守りたい気持ちにも何ら変わりはない。けれど、恵くんを頼るべきだと思ったのだ。

 わたしを叱り付ける彼の言葉の裏に、“俺をもっと頼れ”という意味が隠されていることは嫌というほど理解できた。ただ、彼はそれを恋人として言っているわけでもなければ、仲間として言っているわけでもなかった。

 樹の死に未だ納得できない者としての発言だった。お兄ちゃんに対する不当な扱いに異議を唱えているのは、恵くんも全く同じだった。

 好きだから心配だとか、死んでほしくないから頼ってほしいだとか、毒にも薬にもならないような甘ったるい言葉よりも、ずっとずっと信用できると思った。すでに恵くんとわたしは恋とも愛とも呼べない深い縁で繋がっている。ひどく歪な関係から始まったからこそ、信頼できることもある。もっと恵くんを頼るべきだと、考えを改めるには充分だった。



 思考に耽っていたわたしを恵くんが呼び戻した。彼を見上げて微笑を拵えれば、彼は右手に持っていたグラスを少しぎこちない所作でこちらへ差し出す。その表情は何だか硬い。

 なんとなく、わたしから距離を取ろうとしている気がした。資料にのめり込むわたしの邪魔をしないように。

「ありがとう」

 笑顔とともにアイスティーを受け取ると、わたしはすぐ隣の空白を優しく叩いた。「座って?」と明確な言葉を添えて、そばにいてほしいことを静かに伝える。恵くんは一瞬戸惑いを見せたけれど、促されるままわたしの隣に腰を下ろした。

 たっぷりのミルクと砂糖で濁ったアイスティーで喉を潤す。氷の入った麦茶を口に含む彼を瞳だけで一瞥すると、わたしは息をするように口火を切った。

「お兄ちゃん、半分嘘ついてた」
「……半分?」

 やや間を挟んで胡乱な問いが返ってくる。わたしは何でもないことのように言った。

「お兄ちゃんの血液型、AB型だったんだ」
「何型だって聞いてたんだ?」
「A型」
「あぁ、だから半分か。A型は双子の兄のほうだろ」
「そっか。そっちに合わせてたんだね」

 ひとつ頷くと、わたしは続けた。

「血液型占いってアテにならないかもって、ずっと思ってた。お兄ちゃん、全然A型っぽくなかったから」
「……、そんなの信じてんのかよ」
「え?恵くん信じてないの?」
「信じるわけねぇだろ。そもそも人間の性格や行動パターンがたった四種類に分類できるわけがない。ちょっと考えりゃわかることだ」
「そうかなあ。案外当たってるよ?」
「万人に当て嵌まることを言えば当たるに決まってる」
「えー……本気で怒ったお兄ちゃん何回か見たことあるけど、二重人格なのかなって思うくらい人が違ったよ。無表情で無口で、もうとにかくすっごく怖かったんだから」
「普段と変わらねぇテンションでキレる奴の方が少なくないか?」

 頑として引かない恵くんは怪訝そうに眉根を寄せる。わたしは堪え切れずに小さく噴き出した。

「……なんだよ」
「ううん。お兄ちゃんのことを疑うのは恵くんの仕事だもんね?」

 茶目っぽく笑んでみせれば、彼は眉間に皺を刻んで押し黙った。ここでさらに言い返しても平行線を辿るだけだと察したのだろう。きっと相手が野薔薇ちゃんならまだ抗言を続けただろうし、「うっさい!アンタはいちいち細かいのよッ!」と激しく怒号されたに違いない。

 ひとり想像して笑っていると、恵くんに胡乱な視線を向けられた。漏れる笑声を抑えつつ、わたしは分厚いクリアブックをじっと見つめる。

「……お兄ちゃん、悪いことしてたんだね」

 恵くんと伊地知さんがまとめた、樹に関する調査資料。お兄ちゃんは悪いことをしていた。血液型を偽るよりも別人を偽るよりも、ずっとずっと悪いこと。

「……遺体を、偽装するなんて」

 術師として日夜働き続けた十年の間に、お兄ちゃんは何度も何度も遺体を偽装していたらしい。呪霊被害に遭って行方不明になった人間の遺体を、全く赤の他人の人間の遺体とすり替え、利用する形で偽装し、残された遺族に渡していた。死体損壊罪に詐欺罪、他にもいくつかの法に触れているのだと、調査資料に明記されている。

さんは法の下に裁かれるべきだった」

 怜悧な響きで断言すると、恵くんは苦しそうに目蓋を伏せた。

「だが……いや、だからこそ、俺はさんが悪人だとは言い切れない」
「……どういうこと?」
「今から言うことは俺個人の意見だ。そのつもりで聞いてほしい」

 念を押すような言葉に、わたしは小さく頷いた。数秒の沈黙を置いて彼が薄い唇を割る。

「呪いによる怪死者や行方不明者の数は毎年約一万人。死体が出ることのほうが少なく、被害者は行方不明扱いになる場合がほとんどだ。、遺族にとってこれがどういうことかわかるか?」
「……遺族にとって?」
「そうだ。死亡扱いにならなければ、遺族は保険金を受け取れないんだよ」

 恵くんは麦茶の入ったグラスをきつく握り締めた。

「法律上死亡したものとみなす失踪宣告には二種類ある。死亡の原因が明らかでも、呪霊なんてものが周知されていない以上、呪いによる行方不明者は普通失踪扱いだ。つまり失踪宣告を出すには七年もの長い歳月を要する。だがその期間、遺族の生活は一切保障されない」
「……もしかして、お兄ちゃんは」
さんらしいよな」

 口端に微かな笑みを滲ませ、彼は言葉を継いだ。

さんが遺体を偽装した遺族のひとりと連絡が取れて、伊地知さんと一緒に会いに行った。まだ幼い子どもをふたり育てる若い母親だった。当時は専業主婦の上に新居や新車をローンで買ったばかりで、夫が突然行方不明になって目の前が真っ暗になったと言っていた。保育園はいっぱいで子どもを預ける場所も見つからなかったから、働きに出ることすらできなかったらしい。さんのお陰で保険金が下りて生活が何とかなったって、泣きながら感謝してた」
「……そういえば、入学試験のときに夜蛾学長が言ってたなぁ。お兄ちゃんほど呪霊被害に遭った人々の心に寄り添った術師はいなかった、って」
「本当に、その通りだと思う。この件には家入さんも関わっているが、残された遺族のためだからこそさんに協力したんだろう。さんがしたことは間違いなく犯罪だ。けど、その犯罪に救われた人間がいる。さんが罪を犯さなければ、助けられなかった人間が少なからず存在する。だから俺は、一概にさんが悪人だとは、言い切れない」

 そう締め括った恵くんは、唇を一文字に結んで黙り込んだ。彼の紡いだ言葉は全て本心からのものだろう。誰かのために罪を犯すだなんて、お兄ちゃんらしいなと思った。やっぱりお兄ちゃんは、わたしの大好きなお兄ちゃんだったのだ。

「恵くん、ありがとう」

 伏せた顔を覗き込みながら笑顔を浮かべると、恵くんは「……俺は、別に」と気まずげに言葉を濁らせた。食い入るように見つめられて居心地が悪くなったのか、視線を逸らして口早に補足する。

さんが請け負っていた上層部絡みの仕事については調査中だ。他にわかっていることのひとつに、収賄と横領の疑いがある。ただ、これに関しては金の流れがかなり不透明で難航してる。さんが受け取ったはずの金銭がどこにも見当たらないことが、少し気になるな」
「……それ、わたしの銀行口座にあるんじゃないかな」
「え?」

 わたしの問いに彼は目を見開いた。アイスティーに軽く口を付けたあと、芝居じみた所作で首を傾げてみせる。

「恵くん、わたしの銀行口座って調べた?」
「……の?」
「そう。わたし名義の銀行口座って、他にないのかなぁ」
「……良いのか?」

 耳朶を打ったのは躊躇いを含んだ響きだった。その一言で理解した。恵くんが調べていたのは、樹のことだけなのだと。

 わたしに対する気遣いと言うには、少し違うような気がした。優しさと呼ぶのも何だかしっくりこない。けれど、それが恵くんの信念故の行動であることには違いなかった。

「こんなに調べてよくわからないなら、“”のこともちゃんと調べてみるべきだよ。わたし、恵くんにならわたしのこともお兄ちゃんのことも、全部暴かれたっていいと思ってる。質問も何でも答えるよ。だから、調べてみて?」
「……わかった。何か新しいことがわかったら、すぐに言う」
「うん。よろしくお願いします」

 それからもう少しだけ資料に目を通したあと、わたしは寝支度を済ませてベッドに入った。もちろん約束通り、恵くんも一緒に。

 滅多にしない夜更かしのせいだろう、紅茶を飲んだにもかかわらず、睡魔は容赦なくわたしを襲っていた。目蓋を落とさんとする眠気に抗いつつ、わたしはこちらに背中を向ける彼に尋ねる。

「恵くん、眠る前にひとつだけお願い聞いてくれる?」
「……内容による」
「ちょっとだけ、こっち向いてほしいな」

 数秒の間を挟んで、恵くんは寝返りを打つように身体ごとこちらを向いた。目と鼻の先に彼の怜悧なかんばせがあって、脈が少しだけ早くなる。アロマキャンドルだけが灯る暗闇の中、わたしは白群の双眸をじっと見つめた。

「……わたしね、恵くんに黙ってること、いっぱいあって」

 本当は言うつもりなどなかった。けれど、わたしと本気で向き合って、わたしを本気で叱ってくれる恵くんに、どうしても言っておかなければならないと思った。

「恵くんに嫌われるようなことだよ。別れてって言われても仕方のないようなこと。“”のことは全部知られても、今のわたしのことは、“五条”のことは……ごめんなさい。まだ、ちょっと無理かな」

 滲ませた苦笑を上書きするように、真摯な表情で恵くんに向き合う。

「いつか言うかもしれないし、ずっと言えないままかもしれない。でも、これだけは確かだよ。わたしは恵くんが大好き。世界で一番、愛してる」

 どこにでもあるような、ひどくありきたりかもしれないけれど、それがわたしの言葉だった。今どうしても恵くんに伝えておきたい言葉だった。

「何があっても、ちゃんと覚えていてね」

 込み上げる面映ゆさを堪えながら、わたしは茶目っぽく笑った。恵くんの反応を確認することなく「おやすみなさい」と一方的に会話を結ぶと、彼に背を向けて目蓋をきつく閉じる。

 粘り気を含んだ深い闇が、あっという間に意識を塗り潰していく。朧になる感覚の中で、後ろから抱き締められたような気がした。

 もう目蓋を開くことすらままならなかった。眠りに落ちる寸前、「俺もが大好きだ」と静かに鼓膜を叩いた声音は、泣きたくなるほど優しかった。



* * *




「起きて」

 つんとした薬品の匂いが垂れ込める部屋に、爽やかな炭酸飲料を思わせる声音が響く。それは冷たい床に転がるスーツの男に向けられたものだった。両膝を折り畳んだ青年は継ぎ接ぎだらけの青白いかんばせに困った色を浮かべ、死んだように倒れる男の肩を右手で何度も揺すぶった。

「樹、起きてってば」

 しきりに繰り返せば、ようやく男の身体がもぞもぞと動く。白い天井灯を遮るように目蓋をきつく閉じたまま、男は小さな呻き声を上げた。

「……ん、んん」
からメール来てるよ。例のサイトから応募してきたんじゃない?」

 言うと、青年は男のスマホを投げ出されたその右手に握らせる。心許ない握力でスマホを掴んだ男は、眠気をたっぷり含んだ声を緩慢に返した。

「んー……ありがとう」
「あんまりうれしそうじゃないね?」
「そんなことないよ、すっごくうれしい。ただちょっと、頭がぼーっとしてるだけ……」
「大丈夫?」
「うん、平気。ごめんね、朝はものすごく弱くて……俺、低血圧だから……」

 腕を支えにして上体を起こし、男は大きな欠伸をひとつ落とした。呆れたように肩をすくめた青年は、ヘテロクロミアの双眸を男のすぐ隣に投げる。見覚えのないタブレット端末を手に取るや、怪訝そうに眉根を寄せた。

「コレ誰の?」
「……ん?のだよ」
のタブレットがなんでここにあるわけ?」
「この間、後始末ついでに部屋から持ってきただけ。さ、ここ最近は全く任務に出てないみたいなんだ。しかも、外出するときはずっと五条先輩がついてるし、もしかして何かあったのかなと思って。もし誰かに狙われてるなら、俺が絶対どうにかしなくちゃ」

 ひどく不安げに表情を曇らせる男に、青年は首を傾げてみせた。

「ストーカーアプリとか入ってたの?」
「あぁ、GPSで位置情報特定したり、データを同期させたりってやつ?俺が調べた限り入ってなかったよ。入れて消された痕跡もなかった」

 すっかり眠気が引いたのだろう、堰を切ったように男が饒舌に話し始める。

「今ってそういうアプリがたくさん溢れてるから本当に怖いよね。個人情報は簡単に手に入るし、プライバシーなんて個々人の良心によって保たれてるようなものだ。が卑怯で悪い大人に目を付けられていないとも限らない。もしに万が一のことがあったらと思うと、身体が震えてどうしようもないよ」
「だから樹が見張ってんの?」
「真人、言い方。可愛い妹が犯罪に巻き込まれていないかを確認するのは、兄として保護者として当然の務めだ。だからっての私物を取り替えるなんてストーカー紛いのこと、本当はしたくないんだけどね」

 男はそこで一呼吸置くと、床に視線を落とした。苦笑を滲ませながら、今にも消え入りそうな小さな声音で呟く。

「……、昔から変な奴に好かれやすいから」

 次の言葉に迷うような、どこか重々しい沈黙が部屋を満たした。青年は何も言わずに男を見つめる。数秒も経たぬうちに男が何かを思い出したように目を持ち上げ、口端にぎこちない笑みを結んだ。

「あ、さっきの話。夏油先輩の出番だね。後で連絡しておくよ」

 青年は男に笑みを返すと、白くて広い部屋を眺めやった。ここはかつて検屍室として使われた場所だった。すでに息絶えた壮年の男が、手術用のベッドに横たわっている。

「実験、上手く行ってんの?」
「まぁそれなりにね」

 男はぽりぽりと頬を掻いた。

「やっぱりが治した臓器じゃなきゃダメなんだよ。知ってた?の反転術式は反転術式じゃない。一見そう見えるけど対象者の身体内部で起こっている事象は反転術式とは全く異なる。のアレは人工多能性幹細胞――つまりiPS細胞技術の応用。科学が到達した再生医療の終着点。まったく、“機械仕掛けの神”に相応しい術式だよね」
「あいぴーえす?……それ、反転術式とはどう違うの?」
「体細胞から全て作り直してるから、反転術式では治せない症例やさまざまな瘢痕さえも完璧に治せるんだ。万能細胞だからクローンだって作れるしね。とはいえの“意識”の問題もあるから、どこまで治るかはやってみなくちゃわからないだろうけど」
「だとしても便利だね。のそれって、俺たち呪い相手にも有効?」
「うん、理論上はね。今回はその実験も兼ねてるんだよ。脳は取り出した。あとはその辺の呪霊にくっ付けてみて、拒絶反応が出ないか……しっかり、確認、し、て……」

 突として男の声が尻すぼみになっていく。まるで全身から力が抜けたように、男は冷たい床へと倒れ込んだ。青年はぎょっとした様子で瞠目すると、うつ伏せの男に声を掛ける。

「樹?おーい、いーつきー」

 青年は諦めたように「あーあ。また寝ちゃった」と嘆息し、男の白い額を指で軽く弾いた。

「どっちが“卑怯で悪い大人”だよ。お前が“を狙う変な奴”だってこと、俺や夏油でもわかることなのにさ。認知の歪みにも程があるでしょ」

 諦念混じりに言うと、男の顔を覆うように右手をかざす。

「無為――」

 しかし青年はすぐに言葉を切った。男の固く閉じられた目蓋の隙間から、涙がしとどに滲み出している。術式の使用を中止した青年は、わざとらしく肩をすくめた。

「やっぱやめとこ。後で面倒だし」

 膝を伸ばして立ち上がると、床に転がる注射器を拾い上げた。これこそ男を襲う強い睡魔の原因だった。青年が空になった注射器を握り締めれば、割れた破片が雪のように舞い落ちる。

、すきだよ……だいすき……だから、ぼくを、ひとりにしないで……」

 うなされながら涙する男に、青年は憐憫にも似た視線を向けた。男は並の人間よりもうんと魂の代謝が激しかった。精神的にひどく不安定な男を救う手立てはいくらでもあったが、しかし男の本懐ではないことを青年はよく知っている。死を手繰るだけの深い絶望も含めて、眼前の男にとっては“己が人間で在ること”の証明に過ぎないことも。

 青年は再び男の傍に膝を突くと、柔らかな髪を梳くように何度も頭を撫でつける。そして、男の耳には届かぬほどの小声でそっと囁いた。

「さすがに薬使い過ぎだよ――異月」