「狗巻せんぱーいっ!」
「しゃけーっ!」

 白木の下駄を軽やかに踏み鳴らして屋台に駆け寄れば、底抜けに明るい声音が返ってくる。“射的”の二文字が踊る暖簾の下、鮮やかな赤い半被を羽織った狗巻先輩がわたしを朗らかに出迎えてくれた。

「すじこ!」
「可愛いですか?!ありがとうございます!野薔薇ちゃんと真希先輩のお陰です!」

 自慢するように軽く胸を張っていると、遅れて恵くんがわたしの隣に立った。「射的か」と小さく呟く彼から視線を外し、わたしは浴衣の袖を捲り上げながら鼻息を荒くする。

「狗巻先輩、わたし射的やりたいです!」
「ツナ」
「恵くんに可愛いって言ってもらえないので、せめて格好良いって言ってもらおうかなって!」

 伏し目がちな瞳を大きく瞠る狗巻先輩の手のひらに五百円硬貨を一枚乗せ、その半被と同じ鮮烈な赤に覆われた台の上に置かれた射的銃とコルク弾を手に取る。高専の宝物庫から拝借した二級相当の呪具の先端に、ワインのコルク栓を再利用しただけの弾を装填していく。ちなみにコルク栓を提供してくれたのはお酒好きな家入先生である。

 木製の古びた射的銃はずっしりと重みがあった。きつく眉根を寄せて弾を押し込むわたしを横目に、「おかか」と狗巻先輩が肩をすくめてかぶりを振る。顔を上げると、恵くんが気まずげに狗巻先輩から目を背けていた。

「……そう、ですね。言ってないです」
「いくら」
「なんでって言われても……」
「仕方ないですよ。わたし、恵くんの好みじゃないので」

 言い淀む彼に助け舟を出したわたしは、コルク弾が装填された重厚な射的銃を胸の前まで持ち上げる。胡乱な色を浮かべる狗巻先輩の相貌を見つめて、茶目っぽい笑みを湛えてみせた。

「でも諦めないです。見ていてください、必ずや恵くんを振り向かせてみせますから」

 きっぱりと断言するや否や、わたしは鈍く輝くその銃口を恵くんの眉間へ向けた。怜悧なかんばせに僅かに緊張が走った次の瞬間、

「絶対に撃ち落としてやるからな!覚悟しろ伏黒恵!」

 祭囃子の音を掻き消すほどの声量で高らかに宣言すれば、呼吸を止めて銃口を見つめていた彼の張り詰めた表情がたちまち弛緩する。頭痛でも堪えるように額に手を当て、「……なんでまだわかってねぇんだよ」と小声で呻いた。

 その隣で、狗巻先輩が腹を抱えたまま小刻みに肩を震わせている。溢れそうになる笑い声を懸命に噛み殺しながら、ひどくか細い声を絞り出した。

「……こ、んぶ……すじ、こ……」
「わ、笑わないでください!恵くんにちょっとでも好きになってもらおうって、わたし今日かなり真剣なんですよ?」
「ツナ、マヨ……」
「無駄?!あの、冗談でも無駄な努力なんて言わないでほしいです……ほら、いつか実るかもしれないじゃないですか!いつになるかはわかんないですけど!」
「ツナマヨ」
「無駄って二回も言います?!」
「ツナマヨッ」
「ひどい!三回も言った!」

 一体何がそんなに可笑しいのか、身体を震わせて笑い続ける狗巻先輩から視線を外す。こっちはいたって真剣なのに、さすがにそこまで笑わずとも。拗ねるように唇を横一文字に引き締めたわたしは、ゆっくりと射的銃を構えた。

 射的の的はひな壇に並ぶひょうきんな顔のぬいぐるみたち――もとい、夜蛾学長お手製の呪骸だった。呪力を篭めたコルク弾以外では倒れないという、高専敷地内で開催される夏祭りならではの趣向だ。ちょこんと座る呪骸たちの前には小さな木板が立て掛けられており、“四等”や“二等”など景品の等級が記されている。どうやら呪骸が大きくなればなるほど等級が上がっていく仕様らしい。

 赤いひな壇の最上部に座する、あまりにも巨大なクマの呪骸。“一等”と表記されたそれに狙いを定めつつ、引鉄に人差し指をそっと引っかける。隣に立つ恵くんが淡々と尋ねた。

「一等倒した奴っているんですか」
「おかか」
「まぁこんだけでかい呪骸だと“術式なし”は無理がありますよね」

 術式使用不可、呪力を使うだけの単純な射的だからこそ、彼に少しでも良いところを見せたかった。呪力の集まる手のひらにじわりと汗が滲む。わたしは腹から声を張った。

「我が狙うは一等賞!只それのみ也!」
「しゃけしゃけっ!」
「神様、仏様、恵様!」
「明太子っ!」

 明るく囃し立てる狗巻先輩に背中を押され、わたしは目を細めて集中力を高めていく。恵くんが「俺に射的の御利益を期待すんな」と呆れたように呟いたものの、今のわたしに水を差す言葉は全て無視に限る。

「肩のあたりを狙うのが良いんじゃねぇか。呪骸の呪力が薄いから倒れやすいはずだ」「腹の核を狙って壊す方法でも良いかもな。それくらいならでもできるだろ」「一度で倒す必要もねぇよ。撃ち損じても良いから確実に狙え」――ええい少し黙っていろ!気が散る!

「神様、仏様、恵様……」と祈りの言葉を何度も口ずさみ、全身を廻る膨大な呪力を小さなコルク弾ただ一点に篭める。波のように緩やかに誘動する呪力が、コルク弾の中央に硬く留まる瞬間を息を殺して待ち続ける。

 ――今だ、と思った。

 素早く引鉄を引き絞るや、まるで何かが破裂したような重低音が響き渡る。銃口から勢いよく飛び出したコルク弾は軌道を逸らすことなく、まっすぐ呪骸の眉間に当たって跳弾していた。しかし巨大な呪骸は僅かに揺れるだけで倒れる気配はない。夜蛾学長渾身の一作なだけはあるということだろう。

「おかか」とひどく残念そうに狗巻先輩が首を左右に振ったその瞬間だった。恵くんが「っ」とわたしの二の腕を強く掴んだときには、屋台を支える鉄骨の一本が斜めに倒れ始めている。

 跳弾したコルク弾が屋台の柱に当たったのだと遅れて気づく。わたしの莫大な呪力で硬化したコルク弾は、鉛弾を遥かに凌ぐ威力を持って鉄骨の一部を粉砕したらしい。わたしの頭を守るように抱きしめる彼の身体の隙間から、後方へ大きく傾いた屋台がコマ送りのように地面に沈んでいくのが見えた。

 地響きにも似た衝撃音が鼓膜を激しく打った。空に連なる提灯が生み出す橙色に、薄っすらと白い土煙が舞い上がる。崩れた屋台に赤いひな壇が下敷きとなり、的の役目を果たしていた呪骸たちがあちらこちらへ転がっている。

 あまりに突然のことに、辺りはしんと静まり返っていた。スピーカーから流れる祭囃子の音だけが空しく響く。参道のほうへ躯体を退けていた狗巻先輩が、やがて唖然とした様子で唇を震わせる。

「こんぶ……」
「……見事に倒れましたね。全部」

 わたしからゆっくりと身体を離しつつ、恵くんが同情したような口振りで答えた。波打つように喧騒が戻り始め、はっと我に返ったわたしはすぐに周囲の人々や両隣の屋台の無事を確かめる。幸い怪我人はひとりもいなかったし、両隣の屋台にも何ら問題はないようだった。

 とんでもないことをしてしまったという自責に胃が痛くなる。深く項垂れながら恵くんのもとへ戻れば、彼は狗巻先輩とともに倒れた屋台を片付けている最中だった。参道まで転がった呪骸を拾い集めながら、屋台そのものを少し離れた場所へ移動させ始めたふたりに謝罪する。

「……ごめんなさい。わたしのせいで、本当にごめんなさい」
「高菜」
「はい、誰も怪我はしてないです。でも」
「怪我人がいないならそれでいいだろ。狗巻先輩、ここから足元気を付けてください。砂利なんで」
「しゃけ」

 ふたりはひとまず屋台を移動させると、事もなげに来た道を引き戻った。自責の念がわたしの足取りをひどく重くする。恵くんはとぼとぼと歩くわたしの手を優しく取って、指を深く絡めた恋人繋ぎで狗巻先輩のあとを追った。足を止めて首だけで振り返り、柔らかく笑んでいる狗巻先輩に質問を投げかける。

「一等の景品って何ですか?」
「……えっ、貰えるの?!」
「貰えるだろ。どういう形であれはあの呪骸を“倒した”んだ。射的銃以外の何かを使ったわけでもねぇし、ちゃんと射的のルールには則ってる。他の景品もまとめて全部貰えるかどうかは知らねぇけどな」
「恵くんって意外とそういうところあるよね……」

 屋台そのものを倒すというのは、そもそも射的のルール以前の問題だと思うのだけれど。

 とはいえ、恵くんの屁理屈に対して全面的に理解を示した狗巻先輩は、真面目くさった顔で「すじこ、いくら、明太子……」と首を大きく上下させた。曰く、“前代未聞だがルールはルール。一等の景品を贈呈する”とのことだった。なんだかひどく申し訳ない気持ちだったけれど、優しい厚意に素直に甘えることにした。

 狗巻先輩が壊れたひな壇の下から引っ張り出したのは、高さ1メートルほどの長細い箱だった。その側面に印刷された複雑な英語と夏めいた写真にわたしが目を瞬いていると、恵くんが虚を突かれた様子で小さく呟いた。

「……フレームプール」
「フレームプール?」
「家庭用の大型プールだ。多分組み立てれば3メートル以上になる」
「3メートル!」

 両手を真横に広げてその大きさを想像してみる。手を繋いだままのわたしが「恵くーん」と唇を尖らせて促せば、渋々といった様子で彼が腕を伸ばしていく。「広い!」と声を弾ませるわたしから目を外し、彼は胡乱げに首をひねる。

「こんな物を一等の景品にしたのって五条先生ですよね?最初からが一等を獲るってわかってたんですか?」
「おかか。ツナマヨ」
「……俺が?……まぁ、そうですね。全く自由に外出できないコイツにねだられたら、そこそこ本気でやったとは思いますけど……」
「恵くん、絶対プールで遊ぼうね!皆も誘って!」

 衝動を抑えきれず会話に割って入れば、恵くんの表情がたちまち険を孕んだ厳しいものへと一変する。プールは嫌いなのだろうかと不安を覚えながらも、ものは試しだと目の前に餌をぶら下げてみることにした。

「恵くんが着てほしい水着、ちゃんと着るよ?」
「……は?水着?」
「好みの水着見たさに一緒にプールで遊んでくれるかなぁって……き、際どいのだってちゃんと着るから遠慮なく言ってね」

 ますます顔をしかめた恵くんは、やや間を置いて低い声を絞り出す。

「……お前、俺のこと何だと思ってんだよ」
「恵くんは“ムッツリスケベ野郎”だって、野薔薇ちゃんが。あ、大丈夫だよ?オープンだろうとムッツリだろうと幻滅しないから安心して!どんな恵くんも大好きだからね!」
「“理解があります”みたいなそれが一番反応に困るんだよ……」

 一等の景品である組み立て式の巨大フレームプールは、狗巻先輩が男子寮まで運んでくれることになった。荷物が多いと夏祭りを楽しめないだろうという狗巻先輩なりの気遣いに感謝して、わたしたちは屋台全制覇のために移動を開始した。

 唐揚げの屋台を目指して歩くわたしは、甘酸っぱい林檎飴を齧りつつ恵くんを見上げる。視線に気づいた彼が白群の瞳だけでこちらを撫でた。

「あ、プールの前に今朝の“満象”調伏しておいてね。絶対だよ?」

 強く念を押せば、彼はすぐに眉をひそめた。

「なんで」
「だって水道代タダでしょ?」
「人の式神で節約しようとすんな」



* * *




「お腹いっぱいになったね!」
「そうだな。それで、次はどこへ行くつもりだ?」
「ふたりっきりになれる場所!」

 互いの指を深く絡めるように手を繋げば、冷たいかき氷で凍えた指先もあっという間に熱を宿す。自販機の並んだ回廊を抜けて、半壊した懸造の舞台のすぐ脇道を並んで歩く。

 スピーカーから流れる祭囃子が輪郭を失うように遠ざかっていく。淡く灯る常夜灯だけを頼りに突き当たりを左へ曲がり、あちこちひび割れた長い石階段に白木の下駄を乗せた。

「ダメだ、お腹が苦しい……パンダ先輩の焼きそば、おかわりしたの失敗だったかも……」
「だからやめとけって言ったんだ。しかもほとんどひとりで食うし」
「恵くんが強引に奪わないから悪いんだよ……この世は弱肉強食なのに……」
「俺のせいかよ」

 手を繋いだままゆっくりと階段を上っていると、白群の双眸がこちらを軽く一瞥する。どこか迷いのあるそれに小さく笑みを返せば、彼はやや躊躇ってから熱のない声で切り出した。

「……屋台全制覇なんて、ガキの頃は考えられなかった」
「今日みたいな小さな夏祭りでも?」
「ああ。そんなに裕福だったわけじゃねぇからな。ランドセル背負い始めてしばらく経つまでは特に。信じられねぇだろうけど、六畳一間のボロいアパートに家族で住んでた。津美紀――姉貴と、姉貴の母親と、俺の三人でだ。俺と姉貴が小学生だったとはいえ、さすがに三人で住むには狭かった。姉貴の母親が帰って来なくなってからは多少広く感じるようになったけどな」

 彼の口から淡々と語られる込み入った話に、わたしは掛けるべき言葉が見つからなかった。短い相槌のひとつでさえも。心のひどく柔らかい部分を曝す彼に寄り添うにはあまりにも未熟で、彼が今どんな言葉を必要としているのかがわからない。

 ただ、ここで余計な口を挟むのは違うような気がした。彼と離れてしまわないように、絡めた指をさらに深く繋ぎ直す。わたしは石階段を一段一段ゆっくりと上りながら、五感を集中させて彼の言葉に耳を傾ける。

「姉貴は夏祭りが好きで、金もないくせにやたらと行きたがった。強く止めると泣き出すから、結局いつも付いていく羽目になって面倒だった。姉貴とふたりで少ない小銭握りしめて、“アレがいい”“コレがいい”って優柔不断な姉貴と一緒に屋台の前を何度も行ったり来たりした。馬鹿みたいに時間かけて何とか決めて、白いビニール袋片手に来年はどれ食べるかって話しながら家に帰るのが常だった」

 長い階段を上りきれば、赤い神明鳥居の向こうに妻入りの古びたお堂が姿を現す。恵くんはその場で足を止め、懐古する瞳をやや落として僅かに表情を和らげた。

「……だから、金も気にせず片っ端から食べるなんて、姉貴にとっちゃ夢みたいなことだろうな。聞いたら“羨ましい”とか“ずるい”とか、絶対うるさく喚くに決まってる」

 ひどく呆れ返ったような、けれど満更でもなさそうな声音が星々に満ちた可惜夜に落ちていく。わたしは下駄を踏んで彼のすぐ目の前に躍り出ると、身体ごと振り返って上体をやや前のめりにさせた。

「まだ夏は終わってないよ、恵くん」

 視線を持ち上げた恵くんがわたしを見つめる。わたしは彼の怜悧なかんばせを覗き込みながら、口端に茶目っぽい笑みを結んでみせた。

「せっかくだし、お姉さんと屋台全制覇してみるのはどうかな?ここから電車で行ける範囲の場所で、まだいくつか夏祭りが開かれる予定なんだって。規模は大きくないかもしれないけど、むしろそのほうが今日みたいに制覇しやすくて良いかも。子どものころのリベンジ、今の恵くんとお姉さんならきっと果たせるよ!だからね、次はお姉さんと一緒に」

 中途半端なところで言葉が途切れたのは、彼がわたしの手を強く握りしめたせいだった。白群の双眸が逃げるように伏せられる。薄っすらと汗ばんだ無骨な手が、わたしのそれを決して離すまいとさらにきつく握りしめていく。もはや痛みを感じるほどの力加減に、わたしは小さく首を傾げた。

「……恵くん?」

 何か言ってはならないことを口にしたという確信だけがあった。彼の心を土足で踏み荒らすようなことを言ったのだという明確な確信。

 恵くんはお姉さんと仲が悪いのだろうか。先ほど“姉貴の母親と”と言っていたことから、複雑な事情が重なって今は疎遠になっている可能性も充分に考えられる。何にせよ、簡単に会えるような関係ではないのかもしれない。

 そういえば、と思った。わたしが恵くんから家族の話を聞いたことはほとんどない。知っているのは、お姉さんがいること、お父さんが彼を“恵”と名付けたこと、そしてそのお父さんに“売られて”しまったこと。たったそれだけだった。

 ――恵み。

 そのとき、誰のものとも知れぬ清灑な声音が耳の奥で小さく響いた。

 ――幸せをあげるってことだよ。

 いつ聞いたのか、誰が言ったのか、何もわからない。何も思い出せない。ただそれが魂の奥深くまで強く刻まれた記憶だということは理解していた。今のわたしの根幹に繋がるような、決して忘れてはならぬ言葉だということも。

 彼とわたしの間に沈黙が横たわる。何か言わなければという焦りは不思議と湧いてこなかった。指を絡ませ合った手のひらだけが、互いの感情を言葉以上に伝えているような気がした。たった一歩を踏み出せない躊躇いが、わたしたちの唇を固く結んでいる。

 やがて静寂を裂くように着信音が鳴り響き、わたしは少し迷ってから恵くんの手を離した。はっとしたように視線を寄越した彼の顔に悔いにも似た翳りが走り、すぐに決定的な何かを間違えた自覚に襲われる。

 けれどもう後には引けなかった。温もりの残った手をカゴバッグに突っ込むや、「ちょっとごめんね」と彼に一言謝ってスマホを耳に押し当てる。

「もしもし、野薔薇ちゃん?……うん、ついさっき到着したところで……大丈夫。はい、よろしくお願いします。本当にありがとう。え、今?……恵くんも楽しんでくれてる、と思う。多分。き、希望的観測……うん、真希先輩にもありがとうって伝えてね。ありがとう、またね」

 会話を早めに切り上げてスマホをカゴバッグに押し込め、わたしは恵くんを見つめたままぎこちない苦笑を浮かべた。

「ちゃんと上手くいってる?って連絡。みんなすごく優しくて心配性だから」

 数秒の間を挟んで、彼が感情の凪いだ声音で切り出した。

「……そういえば、ミクロとマクロの違いの話」
「あっ、そうだった!本題すっかり忘れてたね!」
「コレ本題だったのかよ……」

 恵くんを夏祭りに誘い出すためのつまらない口実――もとい本題に入るため、わたしが口を開こうとしたその瞬間、頭上で大きな音が鳴り響いた。突として耳朶を打ったそれに誘われるように、夜空を仰いだ彼が驚いた様子で目を瞠る。

「……花火?」