やる気に満ち溢れた表情が瞬く間に憤然とした色で塗り潰される。軽薄な微笑を拵える悟くんをきつく睨め付けながら、虎杖くんは拳を振り上げて息巻いた。

「ねぇ何さっきの?!危ねぇじゃん!俺がギリギリ間に合ったから良かったけど、の顔面めがけてなんて万が一傷痕でも残ったらどうすんだよ!」
「もう残ってるからひとつ増えるのもふたつ増えるのも一緒だよ?」

 先の行為に対する激しい抗言に、わたしは茶目っ気を含んだ小さな笑みを向けた。右のこめかみを隠すように垂れ下がった髪を持ち上げれば、一度縫合してしまったがために家入先生の反転術式でも消えなかった傷痕が露わになる。

 くっきりと残るそれに虎杖くんは一瞬面喰らったようだったけれど、即座にかぶりを振るともどかしそうな様子で否定した。

「俺が言いたいのはそういうことじゃなくて!」
「悠仁が庇わなくたっては無傷だったよ」

 事もなげにそう告げたのは悟くんだった。その回答ではまるで腑に落ちないのだろう、虎杖くんが眉間に薄っすらと縦皺を刻んだ。

「なんで?“最強”の五条先生が攻撃してんのに」
「実際に見たほうが早いかもね」

 胡乱な問いに道化師じみた笑みを返すと、救急箱の蓋を閉めていたわたしに柔らかな指示を飛ばした。

、ちょっとそこに立ってくれる?」
「うん」

 意図を汲み取ったわたしは素直に頷いた。身体の側面を虎杖くんに見せるように、つまり悟くんと向かい合う姿がしっかりとその視界に収まるよう、隙間なく並んだ襖戸に背を向けて姿勢正しく立つ。

「さっきより出力上げるね」
「わかった」

 無機的な動きでこくりと首肯すれば、堪え切れぬ様子で悟くんが噴き出した。

、顔」
「……顔?」
「引きつってるよ。そんなに緊張しなくても大丈夫。いつも通り、神と仏を信じて」

 その言葉にもう一度深く頷きながら、無意識に強張った顔を指で軽く押し伸ばす。全く怖くないと言えば嘘になるけれど、悟くんの言う通り実際に見てもらったほうが早いのはたしかだった。

 深呼吸を繰り返して腹を括るや、「いつでも良いよ」と言って黒いサングラスの向こう側を射抜かんばかりに睨み付けた。悟くんがすいと右腕を前方へ伸ばし、わたしに照準を合わせていく。

「術式反転――“赫”」

 悠揚迫らぬ声音と同時に、悟くんの指先で何か得体の知れない大きな力が解き放たれた。

 どれだけ覚悟していても、怖いものは怖い。それが“最強”を冠する悟くん相手なら尚更だった。先ほどの威勢はどこへやら、咄嗟にわたしは目蓋をきつく閉じて身体を縮こませてしまう。純粋な恐怖からほとんど反射的にそうしたものの、しかしいくら待てども身体に痛みはない。

 金属を擦り合わせたような甲高い耳鳴りが、恐怖に染まった頭蓋骨の中でうわんと響いている。意味を成さない音の連なりは瞬く間に尻すぼみになって消えていった。

「五条先生まだ?」
「もう終わったよ」

 耳を打ったふたりの会話におそるおそる目蓋を持ち上げる。太陽にも似た金色の双眸が不審な色を湛えていた。予想通りの反応がよほどうれしいのか、悟くんの口端が心底楽しげに吊り上がる。虎杖くんは不満を示すように唇を尖らせた。

「終わったって何が?突っ立ってただけでまだ何もしてないじゃん」
「したんだよ。僕は“赫”を使ってを攻撃した。おそらくね」
「おそらくって、なんでそんな曖昧なわけ?」
「僕に“赫”を使ったという記憶はないし、僕が“赫”を使った残穢も形跡も痕跡もない。でもだけは見ていたはずだ。そうだよね?」
「……うん」

 突として矛先を向けられたわたしはやや間を置いて小さく頷いた。含みのある笑みを刻んだ悟くんはわたしの隣に立つと、まだ少し緊張の残る肩を優しく引き寄せつつ、いつもの軽薄な調子で説明を加えていく。

「第一に現在の物理学において、僕たち人間は自由意志を持ち得ない。人間も物質で成り立っているからね。決定論に則れば138億年前、ビッグバンによってこの宇宙が生まれた瞬間に僕たちの行動はすでに決定している。六月のあの夜に悠仁が恵やと出会うことも、宿儺の指を飲むことも、138億年前には決まっていたことだって言っても実感ないし夢も希望もないよね。ただ今は確率論のほうが主流での術式も確率論を重視している部分が――って無駄話は一旦置いておくよ。この宇宙に人間を始めとする生命が誕生したのは、生命が誕生するに都合の良い物理法則が備わっていたからに過ぎない。この宇宙の成り立ちや物理法則を完璧に解析できたなら、すでに決定している全ての事象を知り得ることも可能な気がしない?」

 滔々と紡がれる言葉はとっくにわたしを置いてけぼりにしていたし、ひどく険しい表情で眉根を寄せている虎杖くんもきっと似たようなものだろう。ひとり楽しげに説明する悟くんの横顔は、何だかお気に入りのおもちゃについて熱心に話す子どものようにも見える。

「第二に現在の物理学において、僕たち人間の感情は説明しない。つまり人間の負の感情から生まれる呪力という呪術師にとって馴染み深いエネルギーは、知っての通り現代科学では全く説明できない代物なんだよ。この宇宙における物理法則とは全く異なる法則によって成り立つものだからこそ、この宇宙のありとあらゆる法則を簡単に捻じ曲げることが可能なんだ」

 悟くんはサングラスの隙間からこちらへ視線を送った。青よりも遥かに蒼い、世界の果てを映した双眸。蒼い水面に揺らめくのは無垢な好奇心に満ちた明るい光だった。

 “六眼”と呼ばれる悟くんのその瞳が好きだ。世界の全てがそこにあるような気がして。

の術式はこの宇宙の物理法則を完璧に理解している。そしてこの物理法則から外れた数多の呪術が個々に持つ無数の法則だって全て解析済みだ。もはや神と呼んで差し支えない術式が、すでに確定したこの宇宙のあらゆる情報を光速すら凌駕するスピードで演算し、呪術という手段を用いて確定した事象のみをピンポイントに書き換える。だから僕の無下限呪術も平気で無かったことにできるんだよね。ただの“加護”は応急処置みたいなもので、確定した事象を過去に遡って書き換えるんじゃなくてただ強引に上書きするだけのものだ。どうしたってどこかに“ひずみ”が生じるから、以外は時間を切り取られたように感じてしまう。僕や悠仁がこんなふうに中途半端に覚えてる理由はそれだよ」

 そこで淀みない言葉を区切ると一転、精巧に整ったかんばせに茶目っ気たっぷりな笑みが浮かぶ。

「あ、ちなみにの“加護”が発動したのは人間である僕がここにいたから。“赫”が当たって建物が壊れたらどころか僕だって危険だろ?――ってことで、は無傷だよって言った理由はこんな感じなんだけど、どう?納得した?」
「納得っつーか、そんな説明で俺が理解できるって本気で思ってる?」
「いや全然。でもわからなくても無理はないよ。当のだって何ひとつわかってないしね。理論まで覚えておく必要はないけど、“加護”について知っておいて損はない。特に悠仁はと行動を共にする場合の立ち回り方がかなり変わるだろうからね」

 教師らしく助言を送る悟くんの横顔を見つめていたそのとき、わたしの視界の端で何かが輪郭を失うほどの速さで動いたのが見えた。それがわたしの肩を解放した悟くんの手だと気づいたのとほとんど同時、思わず身体が震えるほどの鈍い衝撃音が鼓膜を激しく襲った。それと混じり合うように、金属を引っ掻いた甲高い音が聞こえたような気がした。

 制止する間もなく力任せに振り下ろされた悟くんの手は、けれども何故かわたしの肩からうんと離れた宙にある。先ほどと同様、もちろんわたしに痛みはない。一部始終を見ていたらしい虎杖くんが目を白黒させていた。

「ちょっと待って今の何?!弾かれた?!」
「ちなみにだけを狙った近距離攻撃に対しては超電磁防壁が展開されまっす!」

 悟くんが元気良く声を張り上げて答えれば、深く項垂れた虎杖くんがまるで敵前で降伏するかのように無言で両手を持ち上げる。とうとう完全に置いてけぼりを喰ったらしい。最初から理解を諦めていたわたしよりずっと優秀だと思いつつ、「わかんないよね」と同情の言葉を送る。

 虎杖くんにはどうしても知っておいてほしかったのだろう、悟くんは休憩と称して説明の場を設けた。呪骸を片腕に抱いたわたしが理解を放棄した虎杖くんの隣に腰を下ろし、次いで悟くんがわたしたちと向かい合う形で畳に胡坐をかいた。

 久しぶりの授業のようで懐かしさが込み上げる。虎杖くんがいなくなってできた空白の大きさを改めて感じたし、一日でも早くまた四人で五条先生や夜蛾学長の授業を受けたいと心から思った。

 先んじて「ちゃんと俺にもわかるように話してよ」と釘を刺された悟くんは、「もちろん」と胡散臭い笑みを深くして説明を始める。

「まず大前提として、はいついかなる時も人間に寄り添うことを条件に、“人間からどんな攻撃も受けない”という誓約を結んでるんだよね」
「誰と」
「そりゃ神仏だよ」
「は?何それ。ずるくね?」
「一般人や術師、呪詛師相手ならね。ただこれが呪霊相手となると相性最悪だ。は呪いの見えない一般人並み、いやそれ以上に不利になる」
「どういうこと?」

 虎杖くんが怪訝な顔で首をひねると、悟くんは虚言を弄する道化師の瞳を返した。

「これも見たほうが早いだろうね。悠仁、を軽く叩いてみてよ。のことは今だけ喋る木か何かだと思ってさ」
「どうせさっきの五条先生みたいに弾かれるんだろ?やだよ、アレすっげー痛そうだったし」
「いいから早く」
「えー……」

 全く乗り気になれない感情を険しく歪んだ顔で表現しつつ、金色の視線だけを滑らせてわたしを見やる。その優しい双眸には躊躇いが滲んでいた。喋る木か何かだとは思えないのだろう。

 わたしは安心させるように小さく笑んで、叩きやすいように腕を差し出す。虎杖くんは数秒逡巡して、意を決した様子で右手を振り上げた。

 刹那、打たれた腕から脳へ痛みが届いた。勢いが付いていたせいだろう、雷が落ちたように全身を穿った鋭い痛みに思わず顔をしかめて呻く。

「……痛い」
「えっ、あっ悪い――って、なんで?!」

 素っ頓狂な声を上げる虎杖くんに構うことなく、悟くんは尾を引く痛みを堪えるわたしに鼻先を向ける。

「じゃあ今度はの番。悠仁を優しく叩き返してみて。“優しく”ね?」
「うん」

 虎杖くんはひどく困惑した表情でわたしを見ていた。一度だけ深呼吸をすると、わたしはその無防備な横面めがけて優しく右手を張ろうとして――咄嗟に動きを止める。生暖かい何かが喉をせり上がってくるのがわかったせいで。

 ひどい耳鳴りが響く中、反射的に頭を垂らし口元を押さえて数回咳き込んだ。湿り気を帯びた咳に嫌な予感を覚え、ふたりの目の前で嘔吐したことに情けなさと羞恥を覚える。慌てて空いた手でハンカチを取り出しつつ、吐物を拭うために濡れた手のひらを確認して唖然とする。

 嘔吐ではなかった。手のひらを染める禍々しい赤に言葉が出ない。口から血泡を噴いたのだと遅れて察した。顔を上げたせいだろう、鮮血に染まった口元を見たふたりが血相を変えていた。

「……?!」
ごめん、僕の考えが甘かった。今すぐ硝子のとこ行っておいで」

 鼓膜を震わせた切迫したふたつの声音に意識を引き戻される。孔でも穿たれたように胃の辺りがひどく痛んでいた。「立てるか?」と心配そうに顔を覗き込む虎杖くんに、「寝ればすぐに治るよ。大丈夫」と笑ってみせる。次いで、いつもの軽薄な色が失せた悟くんの顔に視線を移動させる。

「悟くん、続けて。ちょっと叱られただけだよ。大丈夫だから」

 重ねて言葉を尽くすと、悟くんは「……がそう言うなら」と虎杖くんに向き直る。まだ納得できない様子ながらも、虎杖くんは半ば諦めたように渋々頷いた。わたしは汚れた口元をハンカチで拭いつつ、再び紡がれる悟くんの説明に耳を傾ける。

が今“天罰”を受けたのは宿儺の器である悠仁に害を為そうとしたせいだ。どうやら神仏にとって人間と呪いはほとんどイコールらしいんだよね。ほら、呪いは人間の負の感情から生まれたものでしょ?だから呪いも人間の一部、副産物って考え方らしいんだ」
「一緒にすんなよ。全然違うじゃん」
「ミクロの視点を持つか、マクロの視点を持つかの違いだよ」

 虎杖くんの抗言に悟くんは軽薄な笑みを返した。かろうじて理解できていた話が突然差し込まれたカタカナ用語によって難解な暗号へと様変わりする。助けを求めるように隣へ視線を滑らせば、同様の色を孕んだそれと深く絡んだ。虎杖くんがわたしに小さな声で耳打ちする。

「わかる?」
「わかんない。恵くん呼びたい」
「ヘイ伏黒。ミクロ。マクロ。意味」
「あっ今スマホで調べればいいんだよ」
お前天才か?」
「どこがだよ。ねぇ、もう話続けてもいい?」

 ひそひそ話が終わるのを待っていたらしい悟くんに、わたしたちはぎこちない作り笑いを向ける。

 あとで恵くんに“ヘイ恵くん”と送ってみようか、一体どんな返事が返ってくるだろう――下らない思い付きに少しわくわくしていると、「、顔。恵のこと考えんの後にして」と真正面から鋭い声が飛んでくる。堪え切れず噴き出した虎杖くんをきつく睨み付けておいた。

「どこまで話したっけ……要するに、は人間にも呪霊にも攻撃できない。そんなことをしようとすれば“天罰”が与えられる。人間に傷つけられることはないけど、宿儺の器である悠仁や呪霊はを容易に傷つけることができる。もちろん殺すことだって可能だ。で、がこうなったのは悠仁のせい」
「俺?!」
「人類の脅威である“呪いの王”両面宿儺が受肉したせいで、は神の術式を完全に使えるようになっちゃったんだよ。あ、一応言っておくけど恵はこのことを何も知らないよ。僕がに口止めされてるからね」

 何か言いたげな虎杖くんに、わたしは先んじて小さな笑みを浮かべる。

「恵くん、また責任感じちゃうでしょ?」

 もうこれ以上彼の負担になりたくなかった。ただでさえお兄ちゃんや虎杖くんのことで自らを追い詰めているのに、わたしのことでたくさんの迷惑をかけているのに、余計な気苦労をさせて彼の優しい心を疲弊させたくなかった。わたしにさまざまな縛りが課されたことを知るのは正しい復讐が終わったあと、わたしと恵くんが無関係になったあとでいい。

 虎杖くんは真面目な顔になると、わたしを見据えてひとつずつ問うた。

「伏黒のことそんなに好き?」
「そんなに好き」
「そんなに大事?」
「そんなに大事」
「そっか。じゃあ仕方ねぇな。俺も黙っとく」

 人好きのする朗らかな笑顔とともに言葉を切る。わたしに対して言いたいことはあるだろう、それでも全て飲み込んでくれた優しさがうれしかった。「ありがとう」と言うと、「全然」とさっぱりした口調が返ってくる。虎杖くんはまるで何もなかったように、自然に話を戻した。

「呪霊に攻撃できねぇって、それ、どう考えても呪術師無理じゃん」
「攻撃できないだけで、祓えないわけじゃないよ。祓除するための大義名分があれば、そしてある方法を用いれば、ちゃんと呪霊を祓うことができるからは呪術師やってんの」
「ある方法って、大切な人の記憶が消えるってやつ?」

 意表を突かれたように悟くんは目を瞬いた。

「悠仁には言ったんだ?」
「うん。野薔薇ちゃんも知ってるよ」
、本当に良いの?恵だけ仲間外れで。アイツ意外とそういうの気にするよ?」

 わたしは何も言わなかった。呪骸を両腕で抱きしめつつ、少し傷んだ畳に視線を落とす。恵くんにわたしのことを全部知っておいてほしい気持ちがないわけではない。けれどこの気持ちとはとっくに折り合いを付けている。今さら何を言われようと彼に全てを話すつもりはなかった。

 やがて悟くんが沈黙を破るように口火を切った。

「そういや、悠仁もも今年は初盆だね」

 耳を打ったその単語に勢いよく頭を持ち上げると、わたしは感慨を込めた声音をそっと押し出した。

「……そっか。お兄ちゃん、もうすぐ帰って来るんだね」
「盛大に迎えてやろうぜ」
「うん」

 笑顔で頷いたわたしから焦点を真横に移動させるや、悟くんは虎杖くんに事もなげに提案する。

「悠仁、におじいさんの法要やってもらったら?」
に?」
「……わたし?」

 突拍子もないその言葉に虎杖くんとわたしは揃って困惑した。尼僧でもないわたしの名が出た理由に思い至らず首をひねっていると、悟くんはさも当然のことのように告げた。

「こういうのは死者を弔う気持ちが大事なんだ。そういう意味では打って付けだよ?」
「うん、それは俺もそう思う。頼んでいいなら頼もうかな。爺ちゃん、がやってくれんならきっと喜ぶだろうし」
「宗派わかる?」
「多分」

 虎杖くんに頼まれて、わたしはおじいさんの法要を執り行うことになった。難しいことは何ひとつないと悟くんは言っていたものの、写経はあっても読経など一度もしたことがない。少しでも時間を作って練習に充てたほうが良いだろう。指導してくれるような人に心当たりはないけれど、呪術師の中にひとりくらいは坊主がいるはずだ。探し回ってみる他あるまい。

 スマホで時刻を確認して、わたしはすっくと立ち上がった。約束の時間までまだまだ余裕はあるものの、滞りなく役目を果たすためにも前準備はしっかりと行っておきたい。それにわたしがここにいても虎杖くんの修行の邪魔になるだけだろう。

「悟くん、わたしそろそろ行くね」
「約束の時間に正面ロータリー。忘れないでよ?」
「平気で嘘ついた悟くんに言われなくてもちゃんとわかってます」

 氷のタガネで肺腑を抉るように嫌味を言うと、表情を一変させて虎杖くんに笑顔を向ける。視界の端で悟くんが「うっわ傷ついた!人間傷つけた!は今僕という人間を傷つけたからね?!天罰受けろ天罰!」とぎゃんぎゃん吼えているけれど無視しておいた。

「ついでに虎杖くんの部屋のゴミも捨てておくね」
「いつもマジであんがと。この礼はいつか絶対必ずするから」
「わたしがしたくてやってることだから、気にしないで」

 堂々と外に出られないのだから仕方あるまい。虎杖くんがこうなってしまった責任の一端はわたしにある。罪滅ぼしというわけではないけれど、出来ることは全てやりたかった。

 まだ何か言っている悟くんには気にも留めず、わたしは虎杖くんに手を振って部屋をあとにした。廊下を歩いていると何もないところでつまずいて、危うく転びそうになった。悟くんに意地悪をした天罰だとは思いたくなくて、わたしはしばらく何もない廊下を見つめてつまずいた原因を探し続けてしまった。