双葉荘

「棘くん待って」

 数歩先の石段を機敏にのぼるその背中には、黒くて大きなリュックがぶらさがる。息切れした声を拾った棘くんが、腰からひねるようにこちらを振り向いた。その胸には、背負ったリュックよりも一回り小さなリュックが大切そうに抱えられている。

「高菜」

 額から噴きだす汗のせいで、砥粉色の前髪が細かく束になっている。しかし、それほど息が乱れている様子はない。自分の荷物だけではなく、化粧品やらヘアアイロンやらがたっぷり詰まったわたしの重いリュックまで抱えているというのに。

 本当に同じ人間なのだろうかと疑問を覚えつつ、ひざに手をついて呼吸を整える。ぽたぽたと汗が滴り落ちる。荒い息に合わせて上下する胸の動きが、徐々に小さくなっていった。

「普段どんな鍛え方してるの」
「こんぶ」
「体力とか運動神経とか、そういう次元の話じゃないと思う」
「おかか」
「お願い、ちょっとだけ休憩しよ?」
「いくら」

 もう少しで階段が途切れるから。そう言いながら、棘くんが石の階段をおりてくる。黒いスニーカーが視界に入りこんだ。

「ツナ」

と、わたしに手を差しのべる。棘くんの熱い手をつかむと、倦怠感の広がるひざに力を入れた。「明太子」の励ましに引っぱられるように、ずいぶん重くなった足を持ちあげる。

 二泊三日で宿泊する温泉旅館“双葉荘”。その最寄りのバス停で下車したわたしたちは、山奥に鎮座する神社を目指していた。十四時のチェックインまで、まだまだ余裕がある。今のところ予定通りと言ってもいいだろう。わたしたちは先に神社で挨拶と軽い調査をすませるため、あちこち欠けた狭い石階を懸命にのぼり続けている。

 長い石段が途切れた先の獣道で、やっと腰をおろす。鬱蒼と茂る広葉樹に覆われた山は、真夏とは思えないほど涼しくて快適だ。流れ落ちる汗がそよ風に吹かれ、即座にひやっと冷たくなる。火照った身体が冷めていくのを感覚しながら、持参した飲料水をがぶがぶ流しこんだ。

「すじこ」
「先月?ちゃんと駅から歩いたよ。呪いだからバスには乗れなかったし」
「こんぶ」
「今だけ呪いに戻りたい。生身ってけっこうきついね」

 この階段をのぼるのは三度目だけれど、今回が最も苦しいような気がした。一度目は疲労を感じる余裕がなかったし、二度目は疲れを感じにくい呪いの身体だった。運動はまったく得意ではないけれど、もっと基礎体力作りに励んだほうがいいかもしれない。

 タオルに噴きだした汗を染みこませつつ、辺りを見回すように頭を左右に振った。

「だれもいないね。もっと人がいるかと思ってたのに」
「おかか」
「あ、そっか。こんな獣道だと迷子になるから危ないよね」
「しゃけしゃけ」

 “神様”としてこの深山に祀られていた特級呪霊は、わたしだけの“神様”になった。イザナミさんがこの地から完全に姿を消したことで、呪術師による二十四時間の監視体制は完全に解かれたそうだ。山奥まで人が自由に出入りできるようになったのは、なんと実に百年ぶりのことらしい。

 すでに地元の宿は、秘境を追い求める観光客でひそかに賑わっているという。なかでも最も人気のある老舗旅館を運よく予約できたのは、この土地と呪術師がとても密接な関係にあるためだろう。わたしたちが呪術高専生であることを告げただけで、ちょうどキャンセルがでたという露天風呂付き客室を特別に案内してもらえたのだから。もしかすると、見張りの呪術師が宿泊施設として頻繁に利用していたのかもしれない。

 セミの大合唱に耳を傾けながら、深緑に満ちた景色をぐるりと見渡した。気だるい視線に気づいて、小さく笑ってみせる。

「イザナミさん、ここから本当にいなくなったんだね」
「しゃけ」
「悪いことしちゃったな。わたしがこの土地から神様を奪ったんだから」
「おかか」

 棘くんはすぐにかぶりを振った。紛い物の神だろう。厳しい顔つきできっぱりと告げる。わたしは曖昧に笑っただけで、なにも言わなかった。棘くんの言葉にうなずくことができなかったのは、きっと呪いである彼女に多少なりとも情が移ってしまったせいだろう。

 けれど、これは呪いである彼女の思惑を暴くための旅行だ。紛い物とはいえ“神様”になりたかった彼女は、わたしを殺してなにをしようとしているのだろう。

 もし彼女の目的が他の呪霊と同様に人に害を成すことなら、わたしたちは全力で阻止しなければならない。たとえそうでなかったとしても、彼女の目的を果たさせるわけにはいかないだろう。それはもちろん、わたしのためだった。わたしと棘くんが共に歩いていく未来のためだ。

 わたしは獣道の先に視線を送った。

「そろそろ行こっか。イザナミさんが住んでいた場所へ」



* * *




 こまめに休憩をはさみながら、気の遠くなるような石段をのぼりきった。最後の一段をのぼりきるころには棘くんの肩も軽く上下していて、その体力が無尽蔵ではないことに少し安心感を覚えた。

 とはいえ、当の本人は己の体力のなさを嘆いていたけれど。軽く引いたのは内緒だ。

 赤い塗装があちこち剥がれた鳥居をくぐり抜けて、石畳の向こうで鎮座する社へと歩を進める。老朽化の激しい拝殿には、手入れが施されたような気配は一切なくて、廃屋と見紛うばかりの様相を呈していた。

 拝殿の前に置かれた賽銭箱は位置がずれているし、透明なクモの巣が幾重にも張りめぐらされている。呪術師は遠くから見張るだけで、命惜しさから特級呪霊の棲み処に近づくことはなかったのだろう。それにしたって荒れ放題だ。これでは逆にばちが当たりそうである。

 興味本位で空っぽの賽銭箱を覗きこんでいると、「おかか」と棘くんの声が飛んできた。不思議なことに、耳馴染んだ声はずいぶん離れたところから聞こえたような気がした。

 首をひねって思わず目を瞠った。棘くんはどういうわけか、鳥居の前から一歩も動いていない。

「どうしたの?呪いがいるとか?」
「こんぶ!おかか!」

 すごく不吉な感じがする。どうしてもそっちに行きたくない。戸惑った様子の棘くんが声を張った。

 その返答に少し驚きを覚えたものの、それは当たり前だろうなとすぐに納得する。ここでは千年以上も“ちぎり祭り”が行われていたのだ。生きたままの人間の手足を千切り、神を騙る呪いに血肉を捧げる、とても忌まわしい儀式が。無関係な棘くんには、いやな感じがして当然だろう。

「じゃあ棘くんはそこにいて。わたし、ちょっと見てくるから」
「おかかっ!」
「ひとりで大丈夫だよ」

 棘くんに向かって笑いかけながら、わたしはひどく急いていた。すぐにでも神社の中を調べ尽くしたかったから。わたしを突き動かしているのは純粋な好奇心だった。

 どうしても知りたい。この場所のことを、もっと詳しく。

 抗えない衝動に背中を強く押されるように、朽ちかけた木板のすき間から拝殿の中を覗きこんだ。視野がせまくて、中がはっきり見えない。ムッとした。無意識のうちに、わたしの手が拝殿の扉をつかむ。気づけば、建てつけの悪い引き戸を力任せにこじ開けていた。

 じっとりとした湿気を含んだ生ぬるい空気が、顔にへばりつく感じがした。わずかに差しこんだ太陽の光を頼りに、ゆっくりと視線を這わせていく。拝殿の中はクモの巣だらけで、すき間から入りこんだ草木が床のあちらこちらに転がっている。床のすみを生き物の影が走っていった。きっと、ネズミかなにかが棲みついているのだろう。

 ひどい荒れように顔をしかめながら、天井に目をやった。何度か瞬きを繰り返したあと、古い引き戸を強引に閉める。なかったな、と思いながら。

 そこで、ふと我に返った。なにが“なかった”のだろう。

 考えてみたものの、その答えにたどり着くことはなかった。潔く思考を手放して、流れるような動作でその場で深く頭をさげる。そうしておかなければならないような気がして。二礼二拍手一礼。丁寧に頭をあげると、わたしは迷うことなく拝殿の裏側へと回った。まるで、だれかに急かされているみたいに。

 拝殿の裏には、真新しい本殿があった。

 ちぐはぐな感じがした。拝殿は今にも朽ち落ちそうな様相なのに、こじんまりとした本殿は新築そのものだったから。だからといって、いやな感じはしない。むしろ漂う空気には混じり気がなくて、気分がすうっと落ち着くほどだ。

 本殿を食い入るように見つめる。よく知っているような気がするのは、ここにイザナミさんが住んでいたからだろうか。イザナミさんの影響でわたしは幽霊を見ているという。ならば、彼女の記憶や感覚を共有していてもなんら不思議ではない。

 ふいに、指が汗ばんだ首をなぞっていた。

「わたし、確かここで――」
「そこは覗かんほうがええ」

 言葉をさえぎられて、はっとなる。いつの間にか、本殿の脇に人が立っていた。

 古びたほうきを持った和装の老人はわたしと目が合うと、口元に穏やかな笑みを結ぶ。この神社の宮司だろうか。それにしても、いったいどこから現れたのだろう。まったく気配がしなかった。

 五条先生みたいだなと思っていたら、宮司が小さなため息をついた。

「悪いことは言わん、やめとき。早うに連れていかれんで」
「神様のところですか?」
「それ、ちぎり祭りの話やな?そんなええもんとちゃうわ」

 宮司は肩をすくめる。

「もっとおとろしいもんや」

 身体がうすら寒くなって、瞬きひとつできなくなる。言葉を失ったわたしを一瞥すると、宮司は本殿に視線を移した。そして、言い聞かせるようにつぶやいた。

「表は知っとっても裏は知らんわな。ほんまに気味の悪いもんはだれも知らん。“あれ”はそういうもんやから」

 “あれ”とは、いったいなんだろう。首をかしげるわたしに宮司が訊いた。

「そん中、気になるんやろ」
「……はい。少しだけ」
「さよか。ええ思い出作って帰りや。後悔せんようにな」

 道中の無事を祈るというより、心底同情するような口振りだった。妙な胸騒ぎがする。気づけば、わたしは何気ない風を装って尋ねていた。

「どういう意味ですか?」

 すると宮司は本殿を指差した。うっすらと笑みを浮かべながら。

「あんたはもう“あれ”に呼ばれとるやろ」

 こちらを射抜くその双眸は一片も笑っていない。時間の感覚が抜け落ちていく。うるさいセミの声も、顔をなでつけるそよ風も、なにもかもとまったような気がした。

 粘り気のある唾を飲みこんだ途端、首に強い圧迫感を覚えた。妙だった。息はできているのに、首を絞められている感覚だけがそこにある。一刻も早く違和感から逃れたくて、両手で首を何度も何度も触った。

 得体の知れない恐怖に、のどが鳴ったそのとき、

「――!」

 棘くんの声がわたしの脳髄を揺さぶった。我に返ったときには、棘くんにうしろから抱きすくめられていた。切羽詰まった声音に、尋常ではない空気を感じとる。どうしたのだろう。首から両手を外して、棘くんの手に手を重ねた。

「棘くん?どうしたの?」
「高菜っ!」
「大丈夫って、なにが?」

 わたしは宮司と話していただけだ。他愛もない会話だった。山の天気は崩れやすいから気をつけて、と心配してもらったような気がする。霧も頻繁にでるから、と。それに対してわたしは確か――そこまで記憶をたどって、はたとなる。宮司に、なんと答えたっけ。

「……すじこ」

 だれと話してたんだ。棘くんの震えるような問いかけに、わたしは首をかしげた。

「え?だれって、今そこに宮司さんが――」

 視界が斜めに大きく揺れた。頭のうしろが焼き切れるような感覚に襲われて、ひざから力が抜ける。棘くんの腕にしがみついてこらえると、「高菜!」と鋭い声音が耳を打った。

 崩れた体勢を整えて、拝殿と同じように荒廃した本殿を見つめる。ひどい有り様だなと思いながら、わたしをきつく抱きしめる棘くんに首を向ける。

「大丈夫だよ、ちょっとめまいがしただけ。ほら、挨拶して帰ろ。ヒントになりそうなものはここにはなにもなかったから。えっと、二礼二拍手一礼だっけ?一礼二拍手一礼?どっち?」

 問いかけると、棘くんの顔がみるみる歪んでいく。

「こんぶ」

 さっき挨拶してなかった?しかも、正しいやり方で。――そう訊き返されて、視線が泳いだ。頭の中が痺れたようになっていて、うまく思いだせない。

 もう理解していた。自分の身に、なにか尋常でない異変が起きている。けれど理解したところで、その異変の正体はまるで見えてこなかった。今ここで下手に騒ぎたてて棘くんの不安をあおるのは、あまり得策ではないような気がした。

「……あれ、そうだっけ?暑さで頭がやられたのかも」

 なにか言いたげな棘くんをさえぎるように、すぐに口を開く。

「早く戻ろっか。汗かいたし、ゆっくり温泉に入りたいな」

 にっこり笑いかけると、棘くんはぎこちない笑みを浮かべた。



* * *




「ようこそお越しくださいました」

 着物姿の身綺麗な若女将が、玄関で深々と頭をさげた。あれよあれよという間に手荷物を奪われたわたしたちは、若女将とともに客室のある離れへと向かう。

 外観も内装も純和風にこだわった双葉荘は、安土桃山時代に生まれたという数寄屋造を取りいれているそうだ。直線美が目を引く建物は自然との調和が絶妙で、手に持ったスマホはずっとカメラになっている。これは間違いなくSNS映えする景色だ。

 繊細な庭を一望できる廊下を進みながら、若女将が穏やかに笑った。

「――初めてのご旅行でございますか。当旅館を選んで頂き、本当にありがとうございました」
「お忙しいのに何度も電話してすみません。どうしてもここに泊まりたくて」
「いえいえ、ありがとうございます。お問い合わせ頂いた日に、たまたまキャンセルがでたんですよ。こちらといたしましても、とても助かりました」
「お電話でいくつかのサービスを追加して頂けるって聞いたんですが……」
「ええ、もちろんです。無料で色浴衣を選んで頂けますし、食後のデザートの増量やアロマポットの貸し出し、源泉掛け流しの貸切風呂をご利用頂けるサービスなどもご用意しております」
「本当ですか!ありがとうございます!」

 離れに到着すると、若女将が簡単に客室の説明をしてくれた。双葉荘には離れがふたつあって、こちらは“桔梗の間”というそうだ。客室も純和風かと思いきや、和モダンな造りになっていた。薄型テレビや冷蔵庫といった家電との調和を図るためだろう。ネットの写真よりもずっとオシャレで心がおどる。

 若女将の説明にいちいち歓声をあげるわたしとは打って変わって、部屋を見つめる棘くんの顔はひどく険しかった。

 理由が気になったものの、なんとなくいやな予感がした。この場で和やかな空気を壊すのは気が引ける。引っかかりを覚えながらも、わたしは若女将の言葉に相槌をうち続けた。

「こちらがお部屋の鍵でございます」

 ルームキーを受けとると、若女将が感じのいい笑顔を残して立ち去った。気配が消えたことを確かめてから、暗い表情の棘くんに慌てて話しかける。

「なにか気に入らなかった?部屋、変えてもらえるか訊こうか?」

 不安を疑問に変えると、棘くんがぶんぶんとかぶりを振った。

「……すじこ」
「えっ……残穢?」
「しゃけ……」

 棘くんのちょっと深爪気味の人差し指が、客室のいたるところを示していく。

 うまい話には裏がある。つまり、わたしたちの運がよかったわけではなかったのだ。

 この部屋をあてがわれたのは、どう考えても自分たちが呪術師だからだろう――棘くんは気まずそうに目を伏せながら、そう続けた。

 キャンセルがでたというのは多分うそだろうし、たくさんサービスしてくれるというのも後ろめたさからだろう。空室を作りたくないというのは、きっと本音だろうけれど。

 申し訳なさに身を縮こませた。

「なにも気づかなくてごめんなさい。せっかくの旅行なのに」
「おかか。明太子!」

 大丈夫だからと笑いながら、棘くんがわたしの頭をぽんぽんと軽く叩く。それから部屋のすみずみまで呪いを探してくれたけれど、その姿を捉えることはできなかった。

「こんぶ」

 棘くん曰く、低級呪霊ではないらしい。部屋にこびりついた残穢の濃さから、準一級以上の強い呪いであることは間違いないそうだ。かといって、ここをねぐらにしているわけでもないという。

「ひとまず安心?」
「おかか」
「そうだよね。旅行中にこんなこと言うの、あれなんだけど」

 口ごもると、先を促すような優しい目線がわたしをなぞった。

「むしろここに泊まったほうがいいと思うんだ。そこまで強いなら必ず危害が及ぶだろうし、もうすでにって可能性もある。だから棘くんさえよかったら、こっそり調べてみない?イザナミさんのついで、って言ったらあれだけどね」
「しゃけしゃけ」

 棘くんがこくこくとうなずく。あまりの優しさに感情が噴きだしそうだった。今にも泣きだしそうな気持ちを抑えこんで、わたしは棘くんに勢いよく抱きついた。

「棘くん優しい!好き!抱いて!」
「ツナマヨ!」
「やったー!」

 きゃっきゃと全力でふざけたあと、目を見合わせて軽く口付ける。その先を求める熱がうずいたし、それは棘くんも同じだった。わたしの身体を引きよせる腕をつかんで、小さく首を振る。棘くんはマスクを引きあげると、目尻に残念そうな笑みを溜めた。

「じゃあ、とりあえずお風呂行こっか。調査はそれからね」
「しゃけ」

 まずは大浴場へ向かうことにした。部屋の露天風呂に入ってしまったら、おそらくもう二度と大浴場には足を運ばないような気がして。

 掃除の行き届いた廊下をしばらく歩いたとき、ふいに思いだした。

「あ、下着忘れた」
「ツナ」
「可愛いやつだよ。棘くん好みの」
「……」
「顔、真っ赤。とってくる。またあとでね」
「……しゃけ」

 早足で客室に戻って、リュックから下着を引っぱりだす。白いタオルの間にはさむようにすると、大浴場へと急いだ。男性は女性に比べて入浴時間が短い。棘くんもきっとそうだろう。待たせてしまうのは申し訳なかった。

 双葉荘の大浴場は、時間帯によって男湯と女湯が入れ替わるそうだ。なんでも、大浴場の造りも湯の効能も違うとか。壁に設置された説明書きには、どちらの湯にも美肌効果があるとはっきり記載されている。

 絶大な効果を期待したいところだ。棘くんだって、すべすべでもちもちの肌を触りたいだろう。

 隣り合う男湯と女湯の暖簾を見比べ、迷うことなく女湯の暖簾をくぐる。どんな浴場だろう。鼻歌まじりで扉を開いてスリッパを脱ぎ、脱衣所の引き戸に手をかけた。

「えっ」

 唖然とした。ぱちぱちと瞬きを繰り返す。

「……ツナ、マヨ」

 一糸まとわぬ姿になった棘くんが、そこにいた。