宿泊

「まだ拗ねてるんですか」

 すぐ隣から聞こえた声は呆れ返っていた。まるで理解できないという口振りが、わたしの心を毛羽立たせる。そろそろ諦めたらどうだと言いたいのだろうが、割と根に持つ性格なのでそれは無理な話である。

 わたしは新幹線の指定席に背中を深く預けながら、ぶすっとした顔で言った。

「狗巻くんと二人が良かった」
「そりゃそうでしょうね」
「狗巻くんと遠出デートしたかった」
「俺が相手で悪かったですね」
「本当にね」
「そこは嘘でも“良かった”って言うところだと思うんですけど」

 東北新幹線こまち号の車内はしんと静かで、大きな声を出しているわけでもないのに声が響いている感じがした。平日の真昼間、しかも指定席ということもあってか客の姿は少なく、わたしたちの周りに座っている客は一人もいなかった。

「俺の顔でも見てて下さい。好きなんでしょ」
「狗巻くんの顔のほうが好きだもん」
「それ、本人にちゃんと言ったほうがいいですよ」

 面倒臭そうに答えた伏黒くんをきつく睨みつけた。

「言えるわけないじゃん」

 どこで誰が聞き耳を立てているのかわからない呪術高専で、狗巻くんに対する感情の全てを言葉にするのはあまりにも危険だった。

 伏黒くんは何も答えず、ただ溜め息をひとつ落とした。どうでもよさそうな態度に、勘違いされていることを悟った。本音を隠しているのは羞恥のせいだとでも思っているのだろう。わたしが今こうして本音を吐露している本当の理由は、ここに伏黒くん以外の高専関係者がいないからなのだが。

 いちいち訂正するのも面倒だった。わたしは会話を進めることを選んだ。威嚇する犬のように小さく唸りながら、たっぷりと恨みを込めて呟いた。

「五条先生も伊地知さんも、まとめて神様のところに連れていってやる」
「伊地知さんは余裕として、五条先生はさすがに難しいと思いますよ。あれでも最強ですし」
「くっ、五条悟め……今に見ていろ……」

 わたしが敗北を喫した悪役のような台詞を吐くと、伏黒くんは白いビニール袋から四角い弁当箱を取り出した。

「駅弁食べないんですか?食べたかったんでしょ、加熱式」
「うん、食べる!」

 素早く体を起こし、前の座席に備えつけられた簡易テーブルを引っぱり出した。彼からペットボトルに入った緑茶を受け取って、心を踊らせながら弁当箱から伸びるヒモに手をかけた。

 心の中でカウントダウンしつつ、それを勢いよく引っぱった。途端に弁当箱から白い湯気が上がって、反射的に目を大きく見開いた。

「温まったよ!すごい、やっぱり画期的!石灰と水の化学反応で加熱してるって知ってた?」
「知らなかったし、どうでもいいです。焼肉を食べる元気はあるんですね」
「だって悩んで解決することじゃないから」

 割り箸をふたつに割って、わたしは焼肉を頬張った。温かい肉汁が口の中に広がって、その旨さに頬が緩んだ。

 そこでふと気づく。呪いになって二ヶ月が経つが、この体で焼肉を食べたのはこれが初めてだった。今度狗巻くんと焼肉を食べに行こうと思いながら、柔らかい肉を味わう。

 最初の一口目を咀嚼し終えると、隣で同じようにヒモを引っぱっている伏黒くんに目をやった。「隣から焼肉の匂いがしたら絶対食いたくなるんで」と言って、彼は売店で同じ物を買ったのだ。芳しい焼肉の匂いが鼻をくすぐった。

「さくっと宿儺の指を回収して、今日中に東京に帰る。そして狗巻くんにいっぱい甘える。甘やかしてもらう。これでわたしの悩みは解決するよ」
「でも昨日から狗巻先輩、先輩によそよそしいですよね?」
「思い出したくなかった……」

 ずんと気持ちが重く沈んだ。白いご飯を口に放り込んでいたら、伏黒くんが訊いた。

「俺達が選ばれたのって、五条先生の嫌がらせですか?」
「ううん、違うよ。わたしは多忙な乙骨くんの代打として選ばれただけ」
「ああ、なるほど……乙骨先輩、もうすぐ海外に行くんでしたっけ。今のうちに国内で働かせておこうって魂胆ですか」
「ブラック企業の体質が見て取れるよね。労基の監査が入ったら一発だよ。潰れてしまえばいいのに」
「労働基準局は絶対に首を突っ込んでこないですよ。だから潰れることもないですね」

 淡々と返した伏黒くんをキッと睨んで、わたしは焼肉弁当を食べ進めた。彼はペットボトルの蓋を開けながら続けた。

「それで、いつ仲直りするんです?どう考えても先輩が悪いと思うんで、さっさと謝ったほうがいいですよ」
「その顔面偏差値の高さでわたしを誑かしてきた張本人がそれを言うの?」
「誑かしてません」

 即答だった。食い気味で返された言葉にわたしはちょっと肩をすくめて、それから少しだけ考えた。散らかった本音を整理していくように。

「正直に言うとね、まあ別にこのままでもいいかなって」

 その返答は予想外だったのだろう、伏黒くんの箸がピタッと止まった。

「は?……本気ですか?」

 問いかけられたわたしは深く頷いた。

「狗巻くんへの風当たりが強くなってるのは、薄々と感じてたから。わたしは人間に戻ったらこの世界からいなくなるけど、狗巻くんはそうじゃない。死ぬまでずっと呪術師としてここで生きていくんだよ。だったら、彼が少しでも居辛くならないようにしないと」

 すると伏黒くんが黙ってしまった。びっくりしすぎて、言葉が上手く出てこないらしかった。ややあって、彼は納得したように言った。

「ちゃんと好きだったんですね、狗巻先輩のこと」
「どういう意味?」
「いや……もっと軽い気持ちかと思ってたんで。先輩にとっては、遊びの恋愛かと」

 思わずわたしは噴き出した。割り箸を置いて、手で口を覆った。笑いが止まらなくて仕方なかった。伏黒くんは口をポカンと開けている。それがますます可笑しくて、わたしは笑いながら言った。

「だって見せないようにしてるから。狗巻くんと二人きりのとき以外はね。だから伏黒くんのこともある意味利用させてもらってます、いつもありがとう」

 その場で恭しく頭を下げると、伏黒くんの肩が落ちた。ふっと力が抜けるように。

「……呆れた。熱を上げてるのは狗巻先輩だけって構図を周知させてるわけですか。まさか、男の先輩術師と楽しそうに話してる機会が多かったのって」
「イメージ戦略って大事だよね」

 にやりと笑いながら遮ってみせれば、伏黒くんの顔が引き攣った。

「うわ……てっきり、ただの男好きだとばかり……」
「やーい、騙されてやんのー」
「五条先生みたいなこと言いますね……」

 わたしはまた声を上げて笑った。伏黒くんが不機嫌そうに顔をしかめたものだから、余計に笑いが込み上げた。疑い深い性格だと思っていたのに、あの程度の演技にころっと騙されていたことがなんだかひどく可笑しかった。

 笑いの波が引いていくと、わたしは目尻に溜まった涙を拭いながら言った。

「本当はわたしが熱を上げて、狗巻くんは遊んでるだけのように見せたかったんだけどね。呪いを誑かして狡猾に利用する呪術師……それなら上層部からの受けも良さそうじゃない?」
「そうでしょうね。でも、狗巻先輩には無理ですよ。そこまで器用な人じゃない」
「うん、知ってる。そういうところがすごく好き」
「惚気ですか」
「あ、違うかな。さっきの訂正させて。そういうところも、すごく好き。こっちが正解」
「はあ。惚気とか別にいいんで」

 鬱陶しそうに言って、伏黒くんは焼肉を頬張った。

「だから自分が悪役に徹しようって?」
「悪役って。そんな大層なものじゃないよ」

 狗巻くんのために今できることは、ちょっとした印象操作くらいだった。彼と違って、わたしはいつか呪術高専からいなくなるのだ。誰に何を思われても心底どうでもいいというのが本音だし、それなら体が戻るまでは“狗巻棘を誘惑する男好きの”を演じたほうが、彼にとって有益だろうと考えただけだった。

 とはいえ、当の狗巻くんまで本気にしているのは想定外だった。男性術師に本気にされても困るからと、適度な距離感を保って接していたことが原因だろう。虚実と真実の境界線が曖昧で判別し辛く、その結果、伏黒くんのようにあっさり信じ込んでしまったわけだ。しかも伏黒くんに熱を上げている反応が、大幅に誇張されたものとも知らず。

 良かれと思ったここ最近の行いのせいで、とうとう狗巻くんはわたしに幻滅した。昨日からずっと他人行儀で素っ気なく、今朝は見送りの挨拶もなかった。敵を欺くにはまず味方からだと言うが、わたしの気持ちは少しくらい信用してほしかった。

 浮かんだ苛立ちを払拭したくて、口いっぱいに焼肉を詰め込んだ。これで彼への風向きが変わるなら良しとするべきだろう。気まずいままで構わない。彼の気持ちが完全に冷めてしまう前に、わたしが人間に戻って告白すればいいだけの話だから。

 複雑な思いを抱いていると、伏黒くんが同情するように言った。

「狗巻先輩、きっとそこまで気づいてないでしょうね」
「気づかれたくないなあ。狗巻くん、ちょっと怒りそうだし」
「それもありますけど、先輩がそこまで狗巻先輩に惚れ込んでるって事実にですよ」

 わたしは目を伏せながら、ぽつんと言った。

「わたしが人間に戻るまでは、気づかなくていいよ」



 仙台駅から在来線に乗り換え、閑静な住宅街を通り抜けた先に、目的地である杉沢第三高校はあった。宮城県仙台市の公立高校のひとつであり、自由を重んじながら主体性を育んでいく教育方針を掲げているとホームページに書かれていた。校舎の周りは木々に囲まれ、手入れの行き届いた草花が校内のあちこちに植えられている。健やかな心が育ちそうな高校だなと思った。

 時刻は夜の七時を過ぎていた。仙台駅に到着したのは夕方だったが、腹ごしらえをしていたらこんな時間になってしまった。とはいえ、生徒や教師が帰るまで時間を潰さなくてはならなかったからちょうど良かった。空腹ではない伏黒くんは「何でそんなに食べられるんですか。呪いの胃袋って馬鹿なんですか」と失礼なことを言っていたが。

 正面玄関から侵入するのはさすがにまずいということで、監視カメラが設置されていない塀をよじ登って校内への侵入を図った。伏黒くんが助走をつけて塀に登り、それからわたしを引っぱり上げてくれた。

「呪いってもっと軽いかと思ってました。食べすぎじゃないですか」とまた失礼なことを言ったので、塀から突き落としてやった。しかし彼は華麗に着地し、不敵な顔でわたしを見上げていた。ちょっと悔しかった。

 わたしたちは周囲を警戒しつつ、校内を静かに歩いた。不法侵入はれっきとした犯罪である。若干の罪悪感に苛まれていたら、辺りを見渡していた伏黒くんが呟いた。

「どこにあるかわかんねえ……」
「そうなの?」
先輩はわからないんですか?」

 わたしは大きく頷いて即答した。

「うん!わからない!」
「こんなのが特級術師とかあり得ねえだろ……」

 伏黒くんはぼやきながら黒いスマホを取り出した。素早く操作すると、迷わず耳に当てる。

「言われた通り侵入しましたよ。それで、どこにあるんですか?特級呪物」

 その口振りから電話の相手は五条先生だと察した。暇なので伏黒くんの整った顔をじっと見つめていたら、突然その顔が嫌悪に歪んだ。

「百葉箱?!そんなところに特級呪物保管するとか馬鹿すぎるでしょ」

 そう言った伏黒くんは五条先生としばらく会話を続けた後、わたしにスマホを軽く寄越した。

「五条先生が話したいそうです。歩きながら話して下さい」

 彼はきょろきょろしながら歩き出した。その背中を追いかけつつ、黒いスマホに耳を押し当てた。

「五条先生?何か用事ですか?」
「ううん、何もないよ。恵が電話切るなって言うからさあ……男と話すのなんてつまんないし、それなら現役女子高生のほうがいいじゃん。ってことで、僕の相手して?激務で疲れたお兄さんを可愛い声で癒して?」
「おまわりさーん」
「今おまわりさんに捕まるのはのほうだからね。建造物侵入罪は三年以下の懲役または十万円以下の罰金が科せられまーす」
「こ、こいつ……」

 五条先生とそんな茶番を続けながら、百葉箱を探す伏黒くんの後ろをついて回った。広い敷地内をくまなく探し、とうとう白い百葉箱を発見することができた。

 伏黒くんは百葉箱の扉を開き、中を覗き込んだ。そして、わたしに向かって手を伸ばした。スマホを貸せということだろう。わたしの皮脂が付いたであろう画面を慌てて袖で拭い、スマホを差し出した。受け取った彼の声音は途端に低くなった。

「ないですよ……百葉箱、空っぽです」

 苛立つ伏黒くんの後ろから百葉箱の中を見れば、彼の言葉通り、そこには何もなかった。何かが置かれていた形跡すらなく、五条先生の情報は嘘だったのではないかと疑ったほどだった。

「ぶん殴りますよ……」

 とばっちりを受けないよう、怒りを露わにする伏黒くんからそっと距離を置いて、会話の終息を静かに見守った。彼が通話を切ったのは一分ほど経過した後だった。

先輩、すいません。回収するまで帰ってくるなって言われました」
「えっ」
「ここからは俺一人で探すんで、先輩は先に東京に帰って下さい」

 スマホをポケットに滑らせた伏黒くんを見据えて、わたしは強く言った。

「わたしも探すよ」
「いいです、帰って下さい。ここで帰らなかったら、ますます関係が悪化するでしょ」
「伏黒くんを一人にはできないから。それに、与えられた仕事を中途半端に投げ出すほうが嫌だ」
「でも」

 伏黒くんは言い募ろうとしたが、わたしは遮るようにかぶりを振った。

「宿儺の指の回収が最優先だよ。狗巻くんのことは関係ない」

 その後もしばらく言い合いが続いたが、根負けした伏黒くんが折れた。わたしはスマホで近くの宿泊施設を検索し、仙台駅前のビジネスホテルを選んだ。杉沢第三高校の最寄り駅には休憩できる怪しげなホテルはあっても、健全なビジネスホテルがなかったから。

 わたしは伊地知さんにすぐ連絡を入れた。未成年での宿泊許可をホテル側に伝えてもらうために。連絡が終わった頃合いを見計らって、二人でホテルに向かった。

 もうすっかり夜だというのに、駅前はずいぶんと明るかった。ホテルの玄関前で足を止めて、わたしは伏黒くんに言った。

「じゃあ、また明日。朝八時、ここに集合でいいよね?」

 彼の表情がみるみるうちに険しさを増していった。

「余分に部屋を取ってもらってないんですか?」
「うん、経費節約」

 伊地知さんは部屋を取ろうとしてくれたのだが、わたしが断ったのだ。一般人から視認されない存在のために、無駄な経費を使うことはないと思ったから。それに加えて見えないとなればチェックインもチェックアウトも面倒だし、迷惑を被るのは他でもない伏黒くんである。後輩に必要以上の迷惑はかけたくなかった。

「意味わかんねえ……だったら野宿するつもりですか?」
「その辺で寝るけど、見られないから大丈夫だよ」
「見える奴と遭遇して、もし襲われでもしたらどうするつもりです」
「そんなときこそ領域展開!手足を引き千切るから安心して」
「それ逆に安心できませんよね……」

 わたしは呆れた様子の伏黒くんを置いて、駅に向かって歩き出した。すると彼は眼前に立ち塞がり、鋭い目でわたしを睨みつけた。

「今から伊地知さんに連絡するんで、ちょっと待って下さい」
「ううん、いいよ。迷惑になりたくないし」
「はあ?そっちのほうが迷惑なんですよ。先輩を野宿なんかさせたら、たとえ何もなかったとしても俺が狗巻先輩にぶっ殺されます」
「そんなことないと思うけど……」
「迷惑かどうかは俺が決めるんで、先輩はもう黙ってて下さい」

 そう言われてしまえば、もう何も言えなかった。伏黒くんは伊地知さんへの連絡を終えると、手際よくチェックインを済ませてわたしにルームキーを手渡した。

先輩が戻らないことは、俺から禪院先輩に伝えます。だから先輩は俺が戻らないことを狗巻先輩に電話で伝えて下さい。いいですね?」

 わたしは小さく首をひねった。

「それ、普通は逆じゃない?」
「普通じゃないんで」
「パンダくんじゃ駄目?乙骨くんとか……」
「駄目ですね。狗巻先輩の部屋、俺の真上なんですよ」

 狗巻くんの部屋が伏黒くんの真上であることは、いったい何が関係しているのだろう。下の階が静かだと狗巻くんは心配になるのだろうか。伏黒くんは上の階に聞こえるほど毎夜部屋で騒ぎ立てているとでも言うつもりなのか。

 疑いの眼差しを送ると、伏黒くんは大袈裟な溜め息を吐き出した。もうわかってくれと態度で告げられ、わたしは渋々頷いた。彼を困らせているという罪悪感のほうが大きくて。

「狗巻くんにメッセージを送っておきます」
「百歩譲ってそれでもいいです。じゃあお願いします。また明日」
「あ、うん。おやすみ……」

 彼が何故そこまで仲直りにこだわるのかわからないまま、手配してもらった部屋のカギを開けた。簡素な造りの部屋で、必要なものだけが備え付けられていた。

 大きなベッドになだれ込んで、スマホのメッセージアプリを立ち上げる。打ち込んだ文面を時間をかけて数回見直し、送信ボタンを押した。

 特級呪物を回収するまで帰れないこと、今夜は駅前のビジネスホテルに宿泊すること、そして、知らない土地で一人で眠るのは少し寂しいこと。伏黒くんと同室ではないことを直接的に記すのは気が引けたので、匂わせるだけに留めておいた。

 これでいいだろうかと送った文章を飽きもせず眺めていたら、急に既読が付いた。わたしはびっくりしてスマホから手を離し、逃げるようにそのままシャワーを浴びた。

 なんとなくスマホを見るのが怖かった。テレビを点けてバラエティ番組を観ていたら、聞き覚えのある着信音が鳴り響いて肩がびくっと震えた。テレビから目を外し、ベッドの上に放り投げたままのスマホに視線を送った。

 画面に表示されている名前は“狗巻棘”だった。どきっとした。指先が一気に冷えていった。口の中がからからに乾いて、唾が上手く飲み込めない。電話に出るかどうか迷っているうちに、軽快な着信音は途切れた。

 黙り込んだスマホに手を伸ばせば、画面には不在着信の文字が表示されている。今の一件だけかと思いきや、すでに四件も不在着信が入っていて、その全てが狗巻くんからのものだった。着信があった時間帯から考えて、他の四件はわたしがシャワーを浴びている頃に鳴っていたのだろう。

 顔から血の気が引いていく。喉がひゅうっと鳴った。悪い想像ばかりが目に浮かんで、わたしは反射的に呟いていた。

「まずい……」


≪ 前へ  目次  次へ ≫