プロローグ

「さてと、棘。準備はいい?」

 その問いかけに、棘は深くうなずいた。その双眸に一閃の強い光が宿る。

「わかってるだろうけど、チャンスは一度きり。の夢に潜ったからって助けられる保証はないし、勝算はほとんどないだろう。それでも“あれ”からを取り戻す方法はこれしかないからね」

 棘はもう一度うなずくと、ベッドに横たわるの頭を撫でた。目蓋をすき間なく閉じて眠るの首には、色濃い痣がくっきりと残っている。華奢な首に巻きつくように、柔らかな弧を描いて。

 の抱えていた苦痛は、棘には到底計り知れない。

 細い腕から繋がる半透明の管に視線を滑らせる。なにもできなかった。日ごと憔悴していくをただ見ていただけだった。の異変には、ずいぶん前から気づいていたのに。

「なにもできなかったわけじゃない」

 心を見透かしたような五条の言葉に、ゆっくりと顔をあげる。

「最後の最後では首を吊ることを拒んだ。だれも道連れにしなかった。その意味をはき違えるなよ」
「……しゃけ」

 しかしそれは棘にとって、ほんの気休めにしかならなかった。結果はなにも変わらない。をみすみす奪われたという無力な現実は、依然として棘の眼前に横たわり続ける。

「ツナマヨ」
「おっ、言うね。でも僕らの目的はを無傷で取り戻すことだ。それ以外は考えないほうがいいよ。下手な高望みで棘まで死ぬつもり?」
「おかか」

 かぶりを振った棘がの髪から手を離す。耳を打った苦笑が反論ではないことを理解しながら、棘は強い語調で言い放った。

「明太子」
「ま、それもそっか。ここまでされて黙って見逃すような男じゃないよね」

 棘はをまっすぐ見据える。ぴたりと閉じた目蓋が再び開くことを想像して。柔らかな瞳に棘を映しだすことを確かに信じて。

「それじゃあ、さっさと決着つけよっか」

 この世で最も頼りになる呪術師が、棘の強張る肩に手を置いた。その形のいい唇が浮ついた笑みを刻む。

が神様になってしまう前に」