冥冥の美味しい商売

 深夜、SNSに一枚の写真が投稿された。黒いスーツ姿の女がノートパソコンに向かいながら、猫背でカップラーメンを食べている。

 どこからどう見ても隠し撮りとしか思えない角度から撮られたそれに、顔を歪めたわたしは苦鳴を漏らした。

「冥さん……」



* * *




「もう売らないでって言いましたよね?!」
「おや。そんな話した覚えがないがね」
「しました!ていうか何回目ですかこの会話!」
は夢でも見ているんじゃないかな」
「冥さんっ!」

 1級術師の冥さんにしてみれば、わたしの怒号などそよ風と何ら変わらないらしい。わたしは奥歯を軋らせると、涼しい顔で呪術高専の廊下を歩く姿勢の良い背中を追いかけた。

「今回はいくらで売ったんですか!」
「さあ、何のことやら」
「どうせ隠し撮りのために来たんですよね?!」
「違うよ。仕事さ。何の仕事かは言えないけどね」
「言ってるようなものじゃないですかっ!」

 不満をぶちまけるように勢いよく吼えれば、冥さんが不意に足を止めた。守銭奴とは思えぬ憂いに満ちた美しい表情でこちらを振り返り、わたしの眉間に刻まれた深い皺に人差し指を置く。

「あまり怒るのはいけない。可愛い顔が台無しだよ」
「怒らせてるの、冥さんですよ」
「そもそもがあんなストーカー男と付き合うからこんなことになっている、という認識はないのかな?」
「付き合っても付き合わなくても、わたしの写真、平気で売るくせに」
「私は金の味方だからね」

 口端に浮かぶ艶っぽい笑みに、わたしは溜息をひとつ落とした。

「……わかりました。百歩譲って、売ってもいいです。わたしの写真」
「これは随分大胆に譲ったものだね」
「だって買うほうが悪いし。その代わり、もっと可愛い写真にしてください」

 拗ねたように言うと、冥さんが僅かに片眉を持ち上げる。

「あのヤンデレ彼氏はどんなも可愛いと言っているけど」
「……冥さんの口からヤンデレって単語聞くとは思わなかったです」
「彼はのこととなると途端に様子がおかしくなるからね」
「それは心の底から同意します」

 冥さんの言葉にわたしは即座に首肯する。彼曰く、毎晩SNSにわたしの写真を投稿するのは自慢も兼ねているという。いつだって愛が暴走している恋人を脳裏に思い浮かべると、恥ずかしさを堪えながら小さな声でぼそぼそと言った。

「……様子がおかしくても、好きなので。売るならもっと可愛い写真にしてほしいと言いますか」
、すまない。もう一度言ってくれないかな?」

 きっと、蚊の鳴くような声音では聞こえなかったのだろう。わたしはふらふらと視線を彷徨わせたあと、冥さんをまっすぐ見つめた。

「これでも大好きなんです、彼のこと。だから、売るなら可愛い写真にしてください」

 きっぱりと告げると、冥さんは色っぽい笑みを結んだ。どこからともなくスマホを取り出し、わたしに見せ付けるように画面をタップする。まさか、今の会話を録音して――

「ありがとう。今日も良い取引ができそうだ」
「冥さんお願いですやめてください消してくださいそれ一体いくらで売るつもりですか!」
「こちらの言い値だよ。売ってもいいと言ったのはじゃないか」
「可愛い写真ならって言いましたけど?!」
「おや、そうだったかな」
「とぼけないでください!」

 懸命にかぶりを振るわたしは冥さんに縋り付く。それだけは本当にやめてほしい。様子のおかしい恋人はこちらが少しでも好意を見せようものなら調子に乗りまくるし、何ならわたしの足腰は全く役に立たなくなってしまうのだから。

「明日は公休だろう?何も気にすることはないよ」
「気にします気にします気にします!」

 しかしわたしの抗議も空しく、音声データは冥さんによって売り飛ばされてしまった。彼はもちろん泣いて喜び、異論を滑り込ませる余地もなくぐちゃぐちゃになるまで抱かれた。

 せっかくの少ない休みが完膚なきまでに潰されたわたしは、乱れたベッドの上で固い握り拳を作る。

 冥さんめ、覚えていろ!

2021.07.25