最愛番外編その参

「おにいちゃんはわたしとけっこんするの!」
「おかかっ!」
「だめ!おにいちゃんはわたしの!」
「お、か、かっ!」

 太ももにしがみつく五歳の幼女に大人げなく反論し続けているのは、紛うことなき俺の恋人狗巻棘である。幼女と視線を合わせるように両膝を折り、幼女と同じように俺の太ももに両腕を深く絡めてかぶりを振っている。

 両手に花――否、両脚に花だろうか。とかく身動きが取れないため早く決着を付けてほしいのだが、棘は幼女相手に全く譲る気はないらしい。いつもの悪ノリかと思いきや、伏し目がちな双眸に浮かぶ光は真剣そのもので呆れてしまう。年端もいかない女の子と本気で張り合って一体どうするつもりだろう。

「わたしのほうがおにいちゃんのことすきだもん!」
「おかかっ!ツナマヨッ!」
「わたし!」
「こんぶ!」

 準一級呪霊を祓う任務に赴いた俺と棘は、逃げ遅れた幼女を偶然発見し、難なく助けることができた。幼女曰くそのときの俺が“とってもかっこよかった”らしく、棘が激しく嫉妬するほど求婚される羽目になったというわけである。

「おにいちゃんもわたしのことすきでしょ?!そうだよね?!」
「おかかおかかっ!」

 聞き捨てならぬと言わんばかりに、棘は急に膝立ちになって上着の裾を捲り上げた。外気に晒された白い腰に点々と浮かぶ赤い印を堂々と幼女に見せつける。俺は自慢げに鼻の穴を膨らませる棘の頭を平手で軽く叩いた。

「こら。子どもにキスマークを見せるな」

 砥粉色の頭頂を手で押さえながら、「いくら」と棘は不満げに俺を見上げる。しばらくして迎えに来た伊地知と手を繋いだ幼女は、ふっくらとしたその頬を綻ばせて大きく手を振ってみせた。

「おにいちゃん、いつかぜったいけっこんしてね!やくそくだからね!」
「はーい」
「おかか!」

 ぎゃんと吼えた棘に足のつま先を強く踏み付けられる。言葉にならない苦鳴が唇から漏れるが、棘は鼻を鳴らしてそっぽを向いた。俺は棘の不機嫌極まりない顔を覗き込む。

「子ども相手にそこまでムキにならなくても」
「こんぶ、すじこ、明太子」
「ないない。たとえあの子が覚えていたって、大人になったときには俺もうアラフォーのおじさんだよ?他に目が行くに決まってるって」
「おかか、いくら、ツナマヨ」
「はいはいありがとう。おじさんでもカッコいいなんて言ってくれるの、棘くらいだからね」
「ツナ!」
「流してない流してない。ちゃんと真面目に聞いてるよ?」
「おかか」

 頬を膨らませて不満を訴える棘があまりに可愛いものだから、俺は込み上げた愛おしさをぶつけるようにその目元に軽く口付けた。納得がいかない様子で眉間に皺を寄せる棘に、「俺とエロいキスしたいなら口元見せて?」と茶目っぽく口端を吊り上げてみせる。

 やがて言われた通りにのろのろとジッパーを下ろし始めた棘の頭を撫で付けると、俺は帳が消え始めた空を仰いで笑みをこぼした。

「ま、俺がアラフォーのおじさんになる頃には、格好良くて可愛いパートナーがいて、それに負けないくらい可愛い子どもがたくさんいて、俺きっと世界で一番幸せになってるからあの子の入る隙なんてどこにもないんだけどね」

2020.12.28 お題箱より