カクリヨ番外編その壱

 前方に向けた人差し指の先端で、不吉な白光が眩く膨張した。瞬間、空気中の水蒸気が一直線に凍結し、無数の薄い氷片が床に落下する。的として選んだ窓ガラスが白く凍りついたことを確認すると、わたしは鈍い光を灯す黒い右手をゆっくりと下ろした。

「うん、いい感じ。レーザー冷却、やっぱり義手に搭載して正解だったね」
「誰のおかげだと思ってル。人に向けて撃つなヨ。場合によっては即死だゾ」
「はーい、気をつけます」

 指を一本ずつ折り曲げながら、二の腕から繋がる義手の調子を確かめていく。右斜め前から刺すような視線を感じて、メカ丸くんに鼻先を向ける。視線はわたしの胸の辺りをなぞっていた。

「可愛いブラでしょ?見惚れちゃった?」
「そうじゃなイ。そこまで残す必要があるカ?」

 軽く手を振って否定すると、メカ丸くんは下着だけ身につけた上半身を指差した。わたしは赤い鬱血痕が散りばめられた肌に目を落とす。棘くんの機嫌の悪さを思い出し、たまらず噴き出した。

「メカ丸くんにメンテしてもらうって言ったらこうなったの。朝だって部屋から出してくれないし大変だったんだから。メカ丸くんのせいだよ?」
「責任転嫁はやめロ」
「あーあ、これじゃ当分プールにも海にも行けないよ。いやだー!もっと夏を満喫したいー!」
「首のその痣もそうなのカ?……まさか狗巻にはそういう趣味ガ?」
「えっ?!違う違う!これは誤解だよ!」
「だったらなんダ」

 首輪じみた縊死の青痣を指先でなぞりながら、わたしは小さく笑みを浮かべた。

「……まだ何も終わってないだけ」

 メカ丸くんが口を開こうとしたとき、教室の扉が開け放たれた。

「無様ね。死に損ない」
「あ、真依ちゃん」

 制服姿の真依ちゃんはわたしの上半身をなぞると、呆れた視線を寄越す。

「メカ丸がメカだからって無防備すぎじゃないかしら。貞操観念がないの?」
「こんな身体の女を抱きたい物好きなんてこの世にひとりだけだよ」

 黒い義手の付いた右腕。大きな傷痕が残る横腹。極めつけは首に浮かんだ青い痣だろう。縊死を彷彿とさせるそれは、見る者に大きな不安感を与えるに違いない。

 棘くんはよくもまあこれほど魅力を欠いた身体に欲情できるものだ。少しでも誘惑したくて選んだ派手な下着が功を奏しているだけだろうけれど。

 あははと声をあげて笑っていると、真依ちゃんはわたしの羽織りをするりと肩にかけた。

「なに言ってるの、アンタの身体は綺麗よ。腹が立つくらいね」

 耳を打った予想外の言葉にポカンとする。やがて目頭が熱くなって、わたしは俯いた。

「……なにそれ、ずるいよ。さっき無様って言ったくせに。そんなの好きになるじゃん……」
「いきなりなに?!やめてよ気持ち悪い……」

 本気でドン引きしている真依ちゃんは、持っていた百貨店の紙袋を差し出した。

「ほら、持ってきたわよ」

 わたしは目を見開いてそれを受け取る。中身を確認しながらおずおずと問いかけた。

「本当にいいの?」
「浴衣なんて家に山ほどあるわ。一枚くらい構わないわよ」
「さすが御三家、太っ腹……」

 感嘆を漏らすわたしから視線を逸らし、メカ丸くんが真依ちゃんに尋ねる。

を毛嫌いしていたくせニ、一体どういう風の吹き回しダ?」
が浴衣を一度も着たことがないって騒ぐから。浴衣に袖も通さないで死ぬなんてさすがに可哀想でしょ」
「……死ヌ?」

 素っ頓狂な問いに、わたしは笑ってみせる。

「わたし、来月死ぬんだって。交流会にも参加できないんだよ?真依ちゃんとタイマン張れないなんて残念すぎるよね」
「……ハ?」
「死んで神様になるらしいよ」
「……とうとう気でも狂ったカ?」

 メカ丸くんは不審そうに言った。けれど、わたしも真依ちゃんもなにも否定しなかったし、だからといって肯定もしなかった。返す言葉を持ち合わせていないみたいに。やがて真依ちゃんはメカ丸くんをきつく睨みつけた。

「今から着付けるの。さっさと出て行って」

 ただならぬ空気を感じ取ったメカ丸くんが無言で教室をあとにする。わたしはその背中に「ありがとう」と感謝を口にして、黒い義手を小さく振った。

2020.6.28