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「電話で言ってた、俺のバックアップってどういうこと?」

 手際よく朝食を作り終えた五条悟がエプロンを外しながら尋ねると、は待ちかねた様子でボリューム満点の濃口オムライスをひとくち頬張った。健啖家かつ味覚の鈍いのため、健康を度外視するようにたっぷりの調味料で味付けした、五条悟特製大盛オムライスだ。

 早朝の食堂に人影はほとんどなかった。「んーっ」と今にも頬が落ちそうな至福の表情を浮かべるに満足感を覚えたのも束の間、悟は我に返ったように弛緩した自らの口元を引き締めた。満面の笑みでオムライスを咀嚼するの前から、大皿をひょいと取り上げる。顔を歪めたがぎゃんと勢いよく吼え立てた。

「あぁー!わたしのオムライス!」
「食べたいなら先に俺の質問に答えて」
「食べ終わってから……」
「駄目。、絶対のらりくらり躱すでしょ。俺は今この場で知りたいんだよ」
「どうしても?」
「どうしても」
「……はーい、わかりました」

 提示された交換条件に渋々頷いたは、銀色のスプーンを片手に視線を逸らしつつ、どこか張りの失せた声音を継いだ。

「答えるも何も、言葉そのままの意味だよ」
「俺と同じ、六眼と無下限の取り合わせって意味?」
「うん」
「いや、それおかしいだろ。六眼を持つのはこの世にひとりだけ、つまり今は俺だけのはずなんだけど」

 六眼持ちは同時にふたり存在しない――悟が至極当然の事実を告げれば、は悟を視界の中央に置いた。ひどく真剣な眼差しを寄越すと、一切の感情が凪いだ響きで続ける。

「それは誰が決めたの?」
「…………え?」
「今ここにいる五条くんが“オリジナル”だと、五条くんが持つ六眼こそ“本物”だと世界に証明したのは一体誰?」

 氷塊を沈めたように冷たく平板な口調で問いかけたは、悟の答えを待つことなく静かに目を伏せた。そして怪訝な色を滲ませる蒼穹の視線から逃れるように、どこか自虐的な笑みを浮かべた。

「科学は呪術より無慈悲だよ。そのうえ人間を驕らせ、神の名すら騙らせる」

 淡々と言うと、はスプーンを持つ右手に力を篭めた。ステンレス製のそれが鈍い音と共にいとも容易くへし折れ、悟は思わず瞠目した。真っ二つになったスプーンを見つめたまま、は囁くような小声で呟いた。

「……神様なんて、どこにもいないのにね」



* * *




 深い沈黙を保ったまま、五条悟は朝食を済ませたの後に続いた。話題がないわけではなかった。何を話し掛けてもがうんともすんとも言わないせいだった。

 駐輪場に到着すると、は悟に対してどこかぎこちない笑みを向けた。

「ごめん。やっぱり五条くんは車で向かってくれる?」
「なんで」
「セクハラするから」

 全く隙のない即答に悟は違和感を覚えた。まるで最初からそう答えることを決めていたかのような口振りだったから。ひとり黙々とヘルメットを着用するその横顔に、悟はほんの僅かながら焦燥の色を見ていた。

、お前何焦ってんの?わかってんのは遺体が出たって警察からの情報だけで、高専はまだほとんど何も把握してない。無闇に動くな。今は単独行動すべきじゃない。どう考えたって向こうの思うツボだろ」
「そうだね」
「……は?そうだねって――」
「こうなったのは全部わたしのせいだ。自分の落とし前くらい自分で付けるよ」

 それはすでに決意を固めた静謐な声音だった。自ら幕を引くつもりなのだとすぐにわかった。寸分の隙も与えぬ拒絶の言葉が、悟の脳髄からさして古くもない記憶を引きずり出す。

 たったひとりの親友に見た、憧憬も嫉妬も諦念も嫌悪もただ一息に飲み込んだ揺るぎない意志。と全く同じだった。言葉に秘められた感情の質こそ異なれど、すでに天高く分厚い隔たりと化して悟の前に横たわっていることに違いはなかった。

 途方もない焦燥が悟を襲っていた。どうすれば良いのかわからなかった。ただあのときとは何かが根本的に違うような気がした。きっとまだ間に合うという根拠のない確信が悟には在った。

 悟はを見つめた。そして。
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