09

「……五条くん」

 可惜夜の静寂に沈む食堂に、拗ねた子供そっくりの響きが撹拌した。厨房に立つ五条悟は数秒の間を挟み、どこか億劫な様子で視線を持ち上げた。

 この世にたったひとつしか存在しない青よりもなお蒼い碧眼は、調理場のカウンター越しに落胆するのかんばせを撫で付ける。もはや同情すら誘う意気阻喪なその表情に悟は嘆息を落とすと、調理の手を止めることなく抗議してみせた。

「あのさ、まだ食べてもないクセにそんな悲しそうな顔すんのやめてくんない?あのラーメン屋の百倍は美味いからな?」
「そうじゃなくて」

 悲痛な顔でかぶりを振ったは、項垂れるように肩をすくめた。「じゃあ何」と悟が間断なく返答を促せば、はまるで世界の終焉でも目の当たりにしたかのような、失意と絶望に満ちた小声でぽつぽつと言葉を継いだ。

「……てっきり、もう、出来上がっているものかと」
「そりゃ期待裏切って悪かったな。けど、んなことしたらお前好みの味に出来ないでしょ」

 眉間に皺を寄せた悟がさも当然のように付け足すと、はひどく驚いた様子で何度も目を瞬いた。

「わたし好み、ですか?」
「稀代の天才シェフ五条悟はこう言いました――“客の舌に合わせてこそ一流だ”ってね」

 少々不機嫌そうな表情から一転、悟は道化師めいた軽薄な笑みを結んだ。から蒼穹の視線を外し、大きな鍋にたっぷりと投入した豚バラ肉が白く色付いたことを確認する。

 香り付けに手際よく塩胡椒を振り、共に炒めていた油蔥酥――揚げエシャロットとさらに深く絡むように混ぜ合わせていった。木ベラが熱い鍋底を擦るたび、小気味良い音が鼓膜を叩いた。前もって入れておいた調味料に含まれる胡麻油や生姜やにんにくの、食欲という食欲を一気に誘うような香りが引き立つや、眼鏡の向こうでの明眸が溢れんばかりの光を宿した。

 は待ち侘びた表情で鍋を視界の中心に置いたまま、堪え切れないように質問を重ねた。

「それ、何を作ってるんですか?」
魯肉飯ルーローハン。台湾料理だよ」
「台湾料理?」
って“味覚が鈍い”だけで“味覚がない”わけじゃないんだろ?和食なんて繊細な味付けばっかだし、それなら味覚にガツンと来るような分かりやすい味付けほうが、の舌には合うのかなと思ってさ」

 悟は滑らかに理由を説くと、「イタリアンは食べ飽きてるんだよね」とまだ訊かれてもいないことを付け足した。照れ隠しだった。

 滲む面映ゆさを隠すように六眼からを除くと、次いで醤油を基本とした調味料で鍋をひたひたと満たし、香ばしい匂いが立ち昇るそれを馴染ませるように木ベラで混ぜていく。褐色の浅い海を泳ぐ肉塊はすでに純白を失っていた。

 やがて悟は「こんなもんかな」と呟いた。一口大の豚肉を菜箸でひとつ掴み上げると、カウンターにべったりとへばり付いて厨房を覗き続けるに近づいた。菜箸が摘まむそれを差し出しながら、口端に悪戯な笑みを拵えた。

、あーん」

 その言葉には目を丸くしたが、「ほら。早く」と有無を言わさぬ口調で促されてしまえば従う他なかった。が餌を乞う雛鳥の如く口を開くと、悟はどこか満足げな顔で味の染み込んだ豚肉をの口に勢いよく突っ込んだ。「んぐ」とが小さく唸る。

「どう?お味のほうは?」
「……えっと、美味しいです」
「はいはい。薄いわけね」

 あっさりと嘘を見抜いた悟は脇に置いていた小さなボウルを引き寄せ、記憶を辿りながら紹興酒へ手を伸ばした。「倍にしても薄いか」と思考を整理するように独り言ちるや、計量スプーンを掴むのを止め、手に掴んだ紹興酒の瓶を傾けてボウルに直接注いだ。

 何をどれだけ加えるか、その配合比率さえ分かっていれば何ら問題なかった。目分量で調味料を作る悟に、はひどく感心したかんばせを寄越した。

「手際が良いですね。よく料理するんですか?」
「いや全然。ネットで適当にレシピ見て、あとは何となく。料理なんてようは“いかに要領良く作るか”でしょ?」
「普通は“何となく”でそこまで作れないですよ。さすが五条くん、天才ですね」
「世辞だとしても、同類のお前にそう言われるのは悪い気しないね」

 悟は軽薄な笑みを添えて言うと、色濃い調味料を全て鍋に加えた。木ベラが金属を擦る音が響く中、は小さくかぶりを振って否定した。

「わたしは違います。ギフテッドの五条くんとは、全然違う」
「天然かそうでないかがどう問題なんだよ。逃げて戦って抗って、必死で努力して生き延びてきたわけでもないんだろ」

 その指摘には目を伏せて黙した。悟は味見をさせるために再び菜箸で豚肉を摘まみ上げる。先ほどよりもずっと褐色へ近づいた肉塊を前に、はどこか躊躇うような視線を送った。

「……でも、わたしは」
「“尚、当事件による生存者は無し。残穢の痕跡から、研究者及び被験体を合わせた148名に関しては全て、死亡した“玖號肆式”が殺害したものと推測される”」

 記憶野に灼き付いた記録の一部を諳んじてみせれば、のかんばせがみるみる青ざめた。逃げるように目を逸らしたの唇に豚肉を近づけながら、悟はその浮付いた笑みにある種の穏やかさを滲ませる。

の言うように、もう“死んで”しまった玖號肆式は天才じゃなかったのかもね。でもさ、玖號肆式は天才じゃなくても、は本物の天才だよ。俺が保証する」

 それはまるで癇癪を起こした子供を宥めるような、ひどく優しい口調だった。そこに悟の目論見らしい目論見は一切含まれていなかった。ただ眼前のの表情が曇ったことに対して、己が抱いた率直な感情を滔々と述べただけだった。

 顔を背けるの明眸が大きく瞠られた。「天才は天才を知る、ってね」と得意げな顔をした悟が弦月の形に口端を吊り上げるや否や、半ば強引にの口へ豚肉を押し込んだ。「むぐ」とが低く呻くと、悟は天使にも似た無邪気な笑みを浮かべて問いかけた。

「今度こそ美味い?」

 端的なその問いには一瞬沈黙したが、すぐに「はい」と小さな声を絞り出した。悟はその反応を不味かったからだとは思わなかった。瞬く間の空白に走ったの葛藤をありありと見破っていたから。

「美味しいです。すっごく、すっごく美味しいです」

 はひどく心許ない声音で続けたものの、何が気に入らないのか間断なくかぶりを数回振った。とはいえ、作った悟としては“美味しい”という感想それだけで充分だった。

 鍋の前に戻ろうとしたそのとき、が意を決したように悟に視線を向けた。迷いを置き去りにした瞳は薄っすらと涙の膜に覆われ、照明灯を反射してきらきらと輝いていた。

「すごいです。五条くんはやっぱり天才ですね。わたしとは、比べ物にならないくらい」
「……あーはいはい。それはどーも。つーかこんな味の濃い物が美味いって、成人病まっしぐらだからな?」

 悟は肩をすくめて呆れた反応を返したが、しかしその胸中は全く穏やかではなかった。次の工程に移るため計量カップに水を注ぎながらも、平静を装った皮膚一枚の下で、が何の前触れもなく見せた涙にひどく狼狽していた。

 ――は?なんで泣いてんの。俺なんかした?

 その慌てようは己でも笑ってしまうほどだった。いつものように底意地悪く揶揄して「なになに?泣くほど美味かった?」と訊くことすら出来なかったのがその証拠だろう。この場に悟の親友や硝子がいたなら、普段の調子を失った悟に指を差して大笑いしたに違いない。

 は執拗に瞬きを繰り返し、滲んだ涙を引っ込めようとしている。が何故泣いているのか、悟には全くわからなかった。魯肉飯が泣くほど美味かったわけではないだろう。悟が持ち出したあの記録に対して葛藤や、何か思うところがあることくらいは予想が付いたが、しかしそれまでだった。

 きっと余計なことを言ったのだろう。の心を土足で踏み荒らすような何かを。

 とはいえ今さら後悔してもどうにもならないので、悟はすぐに感情を切り替えた。計量カップに注いだ水を豚肉の入った鍋にたっぷり投入すると、コンロに火を点けて中火にかける。沸騰した煮汁からアクを取っている間も、のことが気になって仕方がなかった。

 業務用の巨大な冷蔵庫に手を伸ばし、に気づかれぬよう開いた扉で顔を隠しながら、ゆっくりと一度だけ深呼吸をした。緊張に軋む心臓を落ち着かせるために。そして悟はごく自然な素振りで、動揺を隠した蒼穹の視線をへと送った。

、卵いくつ食う?一応1パック分は用意してるけど」
「もちろん全部食べます!」

 芳春の紅鏡めいた笑顔と明るく弾んだ声音に、悟は内心ひどく安堵した。すこぶる機嫌が良さそうなを見ているだけで、あっという間に調子が戻っていく感じがした。

「だと思った」と軽薄な笑みを浮かべて応えると、冷蔵庫から取り出した茹で卵をひとつずつ丁寧に褐色の海へと沈めていく。鍋の中は大量の豚肉と茹で卵でぎゅうぎゅうだった。熱する火の勢いを弱火に変えて、悟は鍋蓋を落とした。あとは甘辛い煮汁が具に染み込むのを待つだけだ。

 我慢ならない様子で空きっ腹を抱えるに、悟は堂々とした口調で説明を加えた。

「蓋をして今から一時間煮る」
「一時間も?!待てないんですけど……」

 迫る世界の終焉を嘆くかの如く、の顔が絶望の色に染まった。「お腹空いたぁ……」と悲痛に呻くを視界の端に捉えたまま、悟は白米の準備を始める。

さ、もっと他に言うことないの?こんな夜中にそんなもの食べたら太る!とか」
「あのコンビニ弁当をほとんど全て食べるつもりだったわたしがそんな些細なことを気にすると本気で思ってますか?」
「それもそうだね。質問した俺が馬鹿だったよ」

 畳み掛けるような口早の詰問に、悟は悠揚にかぶりを振ってみせた。大きな内釜に入れた多量の米を冷えた水で軽く洗い、肌ぬかをすすぎ落としていく。一升炊きの炊飯器を目にしたは、食堂のカウンターに身を乗り出すように言った。

「五条くん、わたしも何かしたいです」
「何もすることないよ。そう言ってくれる気持ちはうれしいけどね」
「でも、そういうわけには……片付けでも何でもお手伝いします」
「駄目駄目。皿洗いも含めて俺の仕事だから。だっては“俺の客”なんだよ?そこで黙って待ってればいーの」

 水を張った内釜を炊飯器に嵌め込んでボタンを押すと、悟は次いで冷蔵庫から湯剥きしておいたトマトと豚の挽き肉を取り出した。熱したフライパンに胡麻油を加え、流れるような動作で豚の挽き肉を炒めていく。

 料理はいかに無駄を省いて短時間で要領よく作り上げるかが肝だと悟は考えていた。フライパンから真っ赤な炎が立ち昇るような派手な動作がなかろうと、最低限そのポイントさえ押さえていれば、他人に“料理上手”だという印象を与えられるに違いない、とも。

 要するにこれは見栄だ。に対して恰好を付けたいという悟の矜持。今まで出会った誰よりも食い意地の張ったに“料理も完璧に出来る男”だと印象付けるための作戦。悟は数手先の工程にまで思考を廻らせながら、くし形に切ったトマトと味の濃い調味料をフライパンに加えて挽き肉と煮込んでいった。

 悟がカウンターのほうへ視線を滑らせれば、フライパンを注視するの表情は爛々と輝いていた。どうやらさらに一品増えることに喜びを覚えているらしい。その辺の子供より子供らしいその無垢なかんばせに、悟は笑みをこぼしながら質問を投げかけた。

、トマト麻婆って食べたことある?」
「一度もないです。トマト麻婆も、魯肉飯も」
「そっか。俺も食べたことないんだ。一緒だね」
「えっ」

 小さな驚声と共には目を瞬いた。悟は仕上げに水溶き片栗粉でとろみを付けながら、「食ったことないから作ってんだよ」と至極当然のように言った。その言葉に首肯を返したは、眼鏡の奥の明眸に真摯な光を湛えた。

「五条くんお願いです。わたしにお仕事をください」
「だからさっきも言ったけど――」
「もちろん味見役一択です」
「それドヤ顔で言うこと?」
「早く早く」

 待ち切れない様子で口を開けるの姿に心臓が大きく脈打った。もはや劣情と呼んで相応しい邪な感情が肋骨の隙間から滲み出している。悟は疼く欲望を拭うように「一口だけだかんな」ときつく念を押し、銀のスプーンに掬った麻婆をの口へ運んだ。

 かっと瞠目したは右手を大きく開くや、悟に向かって勢いよく突き出してみせた。

「とっても美味しいです!天才シェフの五条くんには五つ星を贈呈します!」
「五条だけに?」
「はい!五条の五です!」

 茶目っぽく無邪気な笑みを結んだをじっと見つめていられなかった。馬鹿なことを言い放ったに対し、気を抜けば「可愛い」とうっかり口走りそうになる己がそこにいた。何か適当な理由を付けてに触れたかった。出来れば、今すぐに。

 早鐘を打つ心臓がひどくうるさい。即座に悟は熱を帯びた顔を逸らすようにして視線を落とした。「……あっそ」と無愛想に呟きながらその場を離れるだけで、精一杯だった。



* * *




「五条くん!おかわりお願いします!」
「何回目だよ……お前マジでどんだけ食うの……」
「もちろん魯肉飯がなくなるまで食べますよ!」

 胡散臭い声音に激しい疲労を滲ませる五条悟は、胸の前で拳を作りつつ快活な言葉を返したに呆れて物も言えなかった。無論おかわりは作り手としてこの上ない幸福だろうが、そうは言っても限度がある。が差し出した大きなどんぶりを受け取ると、悟は重い腰を上げて厨房へと向かった。

 食事を残すことは作った悟に対して申し訳ないから、という気遣いを理由に食べ続けているわけではなさそうだった。ただ単に美味しいから食事の手が止まらないのだろう。現に食事するはずっと幸せそうで、その表情からは満腹が近づいている様子は全く見受けられない。

 健啖家にも程があるだろうと内心呆れながら、悟は銀色の大きな鍋を見つめた。最後の一杯分しか残っていないそれを確認し、まずはどんぶりに温かい白米を山のように盛り付けていく。

 炊いた米は七合だが、これですっかり空だった。ちなみにトマト麻婆は食事を開始して五分で大皿から全て消えた。テレビに引っ張りだこの大食いファイターでもこうはいくまい。膨大な量の食事があの細い身体のどこに収まっているのか、甚だ疑問である。

 山を成したほかほかの白米の上に、旨味が出るまで甘辛く煮込んだ豚バラ肉をたっぷりと乗せた。脂身がとろりと溶けたそれの上に、残った煮汁を惜しげもなく全て垂らした。艶やかに立った米粒ひとつひとつの隙間を縫うように、甘じょっぱい煮汁がどんどん染み込んでいく。茶色い煮卵を乗せ終わる頃には魯肉飯の白米はすっかり淡い褐色を変え、食欲をそそる香ばしい匂いを纏っていた。

 ちなみにが馬鹿みたいに食べるせいで、悟は魯肉飯もトマト麻婆もほとんど口に出来ていない。の舌に合わせているから味が濃すぎるとはいえ、せっかく作ったのだから少しくらいは食べたかったのだが。

「これで本当に最後だからな」と深く釘を刺しながら、悟は食堂の片隅に座るに特製の魯肉飯を差し出した。しかしは満面の笑みを崩すことなく、山のように盛られたそれをあっという間に平らげてしまった。最後まで食事のペースが変わらなかったに、悟は少しだけ純粋な恐怖を覚えた。

 はひどく満足しながらも、どこか寂しそうな素振りでどんぶりを置いた。空になったそれには米粒はおろか、細かな肉片のひとつすら残っていない。

「……ごちそうさまでした」とが名残惜しむように手を合わせれば、向かい側に腰掛ける悟が軽薄な笑みを浮かべた。

「まだあるよ」
「えっ?!おかわりですかっ?!」
「それはないってさっき言っただろ……」

 嘆息しながら肩をすくめた悟は「ちょっと待ってて」と言い残し、再び厨房へ歩を進めた。業務用の冷凍庫に入れておいたバニラ味のカップアイスをふたつ取り出すと、今度は冷蔵庫から底の浅い器をその手に掴んだ。器には透明感のある薄い茶褐色の細かい欠片が無数に入っていた。

「食後のアイスだーっ!」

 歓声と共に勢いよく立ち上がったの前に、悟はカップアイスをひとつ置いた。イスに腰を落とすと同時には笑顔で悟に手を差し出した。さっさとスプーンを寄越せという意味だろう。

 コンビニで貰えるような簡素なプラスチックスプーンを手渡すや、すぐに食べ始めようとするので、悟は素早くとアイスの間に手を差し込むようにして「ちょっと待って」と制止した。“仕上げ”がまだだったから。

 悟は器から半透明の欠片をスプーンで掬い上げると、のアイスにそれをたっぷりと振り掛けていく。薄い茶褐色に覆われたアイスを見つめること数秒、はひどく胡乱な視線をこちらへ寄越した。

「……あの、何ですか、これ」
「飴だよ、飴。スプレーチョコの代わり」
「……飴?本当に?」

 その説明にどこか納得いかない様子だったものの、は砕かれた飴が乗ったバニラアイスを大きく一口頬張った。そして次の瞬間――まるで非現実的な何かでも見たように、その明眸を大きく瞠った。口を一文字に結んだまま「んーっ!」と何度も目を瞬いた後、血色の良い唇を割って興奮に染まった声を上げた。

「パチパチ!口の中がパチパチした!」
「それは良かった」

 全く予想通り、いやそれ以上の反応に悟は笑みを堪え切れなかった。肋骨を充分に満たす達成感に心地好く揺られたまま、きらきらした表情で二口目を放り込むに理由を説いてみせる。

「馬鹿舌のお前にとって、味の薄いアイスなんて舌触りと温度を楽しむだけのもんだろ。少しでもそういう楽しみがあればと思って」
「初めての食感です!すっごく面白い!これってどういう仕組みですか?」
「至って単純だよ。駄菓子にも使われてるような、人体に全く害のない子供騙し。当ててみて」

 教鞭を執る教師にも似た口調で問えば、はアイスに視線を落として顎を触った。

「……飴の中に何か入ってますよね?……人体に害がないなら、炭酸?唾液で飴が溶けるときに、飴の中の炭酸ガスの気泡が噴き出す仕組み、ですか?」
「大正解。やっぱ、理解早いね」

 悟の褒め言葉にはひどくうれしそうな微笑を滲ませた。年齢よりもずっと幼く無垢なその表情に悟が釘付けになっていると、は小さく首を傾げた。

「それで、正解のご褒美とかはないんですか?」
「お前、結構図々しいよな……」

 そうは言いながらも数秒思考を廻らせた悟は、己が一口食べたカップアイスを差し出した。

「じゃあ、俺の半分食べる?食いかけが嫌じゃないなら」
「食べますっ!ありがとうございますっ!」

 弾んだ声で頷くと、は飴を振り掛けたアイスを幸せそうに頬張った。閉じられた咥内から微かに炭酸の弾ける音が聞こえた。

 食い入るように見つめていたせいだろう、はっと我に返ったときにはと深く視線が絡んでいた。悟は気まずさを誤魔化すように「何?」とぶっきらぼうに尋ねた。はそのかんばせに真剣な色を湛えて言った。

「五条くんのこと、好きになりそうです」
「…………え?」

 あまりに唐突な言葉に悟はポカンとなった。理解が追い付かなかったし、持てる想像力を総動員してものその言葉の意図が全くわからなかった。ただ心臓の音がうるさかった。

「ね、五条くん」

 の蠱惑的な唇が柔和な笑みを結んだ。

「好きになっても良いですか?」