エピローグ

「ふうん。つまり全部夏油の思惑通りってわけ」

 歩道橋の欄干に腰掛けている青年の言葉に、男は浮薄な微笑を返した。歩道から少年と少女の姿は消えており、残されていたのは夏の強い香りだけだった。

「いや、期待以上の結果だよ。“指”を二本も使った甲斐があったというものさ。彼女の願いに呼応したあれは、“祈本里香”とは全く別の化け物に成った――数多の縛りがあるからこそ、あれに願いが聞き届けられたときのリターンは遥かに大きい。彼女が呪いだった頃とは比べ物にならないだろう」

 普段よりも些か饒舌な男の様子に、青年は目を細めてみせた。

「仲間に引き入れるつもりなんだろ?」

 男の歪んだ笑みに興味をそそられ、身を乗り出すように問いを重ねた。

「どうやって?」
「利害を一致させる」
「たったそれだけ?」

 拍子抜けした青年に向かって、男は淡々と続けた。

とはビジネスライクな関係でいいんだ。むしろその方が信頼されるよ」
「下手な小細工は信用を落とすって?」
「そういうこと。必要以上に干渉しないし、干渉もさせない。僅かな隙を見せれば、それこそこちらが足元をすくわれるだろう。求めるべきは利害関係の一致さ。共犯関係とでも言うべきかな」
「危ない橋を渡るくらいなら放っておけばいいのに」
「リスクを負ってでも手に入れたい力だからね」

 滑らかに言いながら、男は欄干から体を離した。そして泰然とした足取りで青年に背を向けると、その姿が忽然と消え去った。現れたときと同様に、何の前触れもなく。

「そんなにうまくいくかな」

 しかつめらしい顔をした青年は首を傾げた。むき出しの素足は日差しに当たってずいぶんと熱くなっていた。

 熱を追いやるように再び足をぶらぶらさせて、少女の柔らかな笑顔を思い出した。その下に隠された怜悧な一面に、強く興味を引かれながら。

「会えるのが楽しみだよ、

レゾンデートル 了



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